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小説・随筆・詩歌

  • 坂口 安吾: 二流の人―官兵衛と秀吉

    坂口 安吾: 二流の人―官兵衛と秀吉
    坂口安吾、毎日ワンズ、1,400円+税。安吾の絶筆「親書太閤記」併載。

  • 嵐山光三郎: 年をとったら驚いた!

    嵐山光三郎: 年をとったら驚いた!
    新講社、1,400円+税。驚くのは生きている証(あかし)。老いてなお、日々驚(おどろ)こう。

  • 浅田次郎: 五郎治殿御始末

    浅田次郎: 五郎治殿御始末
    中公文庫、520円。桜田門外の変から13年、元近習と刺客の生き残りの運命。「柘榴坂の仇討」を含む短編集。

  • 今村与志雄・訳: 唐宋伝奇集(下)

    今村与志雄・訳: 唐宋伝奇集(下)
    ワイド版岩波文庫、1,300円+税。西欧の短編に劣らぬ芸術品の結晶、「杜子春」他39編。

  • 柳 蒼二郎: 天保水滸伝
    中公文庫、860円。友情なんざ斬り合う口実。剣を競(きそ)う男たちの熱き物語。
  • 中里 介山: 大菩薩峠 都新聞版〈第2巻〉

    中里 介山: 大菩薩峠 都新聞版〈第2巻〉
    論創社、3,200円。新聞連載1回分を見開き2ページで、挿絵を添えて再現。第2巻は従来の刊行本では約50%削減されていた。井川洗厓・挿絵、伊東祐吏・校訂、「都新聞」に基づく完全版、全9巻隔月刊。

  • 角川学芸出版・編: 角川季寄せ (辞書・事典)

    角川学芸出版・編: 角川季寄せ (辞書・事典)
    ビニルカバー付き、函入り、1,900円+税。季節のことばの集大成。

  • 橋本 孝、天沼春樹・訳: グリム童話全集

    橋本 孝、天沼春樹・訳: グリム童話全集
    西村書店、3,600円。デマトーン・絵(金銀の絵筆賞受賞画家)。カラー版、子供と家庭の昔話、全210話。

  • ジェームス・ボールドイン: ギリシャ神話〔新版〕

    ジェームス・ボールドイン: ギリシャ神話〔新版〕
    杉谷代水・訳、冨山房企画、3,675円。美しい文語体の訳に、現代文がついた2段組。名著の待望の復刊。

  • 岡田 温司: 黙 示 録(もくしろく)

    岡田 温司: 黙 示 録(もくしろく)
    岩波新書、840円。イメージの源泉。世界の終末と再生。

  • 朝井 まかて: 恋 歌(れんか)

    朝井 まかて: 恋 歌(れんか)
    講談社、1,600円。直木賞受賞作品。幕末の過酷な運命に翻弄された女の一生。

  • 内田 百閒: 恋 日 記

    内田 百閒: 恋 日 記
    中公文庫、800円。毎日一喜一憂(いっき・いちゆう)する百閒(ひゃっけん)青年の格調高い文章に大笑いさせられるが...。

  • 平岩 弓枝: 御宿かわせみ傑作選

    平岩 弓枝: 御宿かわせみ傑作選
    蓬田やすひろ・画、文春文庫。江戸情緒も美しいカラー版。①初春の客、1,800円。②祝言、2,860円。

  • 童門 冬二: 伊 能 忠 敬(いのう・ただたか)

    童門 冬二: 伊 能 忠 敬(いのう・ただたか)
    河出文庫、882円。初めて日本の正確な地図を測量、作成した晩熟の男。

  • 葉室 麟: 山 桜 記

    葉室 麟: 山 桜 記
    文藝春秋、1,400円。武士の妻もまた戦っていた。戦国の世の夫婦のありようを活写する七つの秘話。

  • 川口則弘: 直木(なおき)賞物語

    川口則弘: 直木(なおき)賞物語
    パジリコ、2,520円。第1回から第149回まで、選考にまつわるエピソードを網羅(もうら)。

  • 三吉 眞一郎: 翳(かげ)りの城

    三吉 眞一郎: 翳(かげ)りの城
    竹書房、1,500円+税。「この城は人を食(く)らうか」 最強武田軍団に襲い掛かる殺戮(さつりく)の城の正体とは?

  • 宇多 喜代子ほか・編: 日本の歳時記 春

    宇多 喜代子ほか・編: 日本の歳時記 春
    小学館、全4巻 各2,800円+税、携帯サイズ、オールカラー、豊富な写真。春、夏、秋、冬・新年、順次発売。

  • 井上 和彦: 最後のゼロファイター

    井上 和彦: 最後のゼロファイター
    双葉社、1,365円。ラバウル上空の死闘、本土防空戦。 本田稔・元海軍少尉「空戦の記録」に関する徹底したインタヴューを基(もと)に構成。

  • 沢木 耕太郎: 流星ひとつ(歌手・藤圭子)

    沢木 耕太郎: 流星ひとつ(歌手・藤圭子)
    新潮社、1,575円。時代の霧の中から現れた歌姫は、28歳の若さで引退。その後、自死することで、星が流れるように、この世を去った。全文章が、著者とのインタヴュー(対談)で成り立つ藤圭子の生涯。

  • 柴田 トヨ: くじけないで 〈文庫版〉

    柴田 トヨ: くじけないで 〈文庫版〉
    飛鳥新社、680円。90歳からの詩人の作品。初詩集『くじけないで』、第2詩集『百歳』、未発表作品7編を収録。

  • 田中 美穂・編: 胞子文学名作選

    田中 美穂・編: 胞子文学名作選
    港の人、2,730円。苔、黴(かび)、茸(きのこ)などの胞子をテーマに、一茶、芭蕉、現代作家まで20作品。目と手で楽しむ不可思議な世界。作品ごとに異なる材質の紙、印字、段組み。密やかに増殖する胞子が誘う。

  • 柴田 錬三郎: 一 刀 両 断

    柴田 錬三郎: 一 刀 両 断
    新潮文庫、662円。 剣豪小説傑作選、鬼気迫る名編8編。

  • コリン・J・ハンフリーズ: 最後の晩餐の真実

    コリン・J・ハンフリーズ: 最後の晩餐の真実
    黒川由美・訳、太田出版、2,940円。イエスは「いつ」殺されたのか? 文献学の蓄積、最新の天文学を駆使して、イエスの最後の日を再現。これは最高の探偵小説である。

  • 檜田陽一郎・訳: 中世オランダ語「狐の叙事詩」

    檜田陽一郎・訳: 中世オランダ語「狐の叙事詩」
    言叢社、5,800円。『ライナールト物語』(本邦初訳)・『狐ライナールト物語』(世界初訳)、名作の完訳・読解。王権と教権に対抗する狐ライナールト一族。本年度第50回日本翻訳文化賞受賞。

  • 林 望: 訳: 謹訳 源氏物語(全十巻)

    林 望: 訳: 謹訳 源氏物語(全十巻)
    祥伝社、第一巻1,785円。物語の話者が「光源氏」で、これまでの「老いたる女房」ではない。登場人物の言動を敬語などで婉曲に表現してきたのに対し、光源氏が「小説の語り手」となっていて、分かり易く、画期的な訳である。

  • 柴田 錬三郎: 眠狂四郎殺法帖 (上・下)

    柴田 錬三郎: 眠狂四郎殺法帖 (上・下)
    新潮文庫、(上)704円、(下)662円。佐渡金銀山の不正を探る狂四郎の前に立ちはだかる刺客―将軍家斉を操り人形にしようとする陰謀。

  • 中野幸一: 見る・知る・読む 源氏物語

    中野幸一: 見る・知る・読む 源氏物語
    勉誠出版、2,310円。大和絵・錦絵・豆本・絵入本など、貴重な資料を紹介、フルカラー。全54帖のあらすじ、登場人物の系図。

  • 平田 超人: 心に残る昭和名曲

    平田 超人: 心に残る昭和名曲
    展望社、1,680円。時代を映す昭和歌謡、歌声過ぎゆき、心に残る名曲。51のヒット曲、世相、作詞・作曲家、歌手など、人間模様の物語。

  • シェイクスピア: マ ク ベ ス

    シェイクスピア: マ ク ベ ス
    福田恆存・訳、新潮文庫、420円。斎藤 孝・選、毎日新聞「今週の本棚」、[声に出して読みたい、この3冊]③。

  • 幸田 露伴: 五 重 塔

    幸田 露伴: 五 重 塔
    岩波文庫、420円。斎藤 孝・選、毎日新聞「今週の本棚」、[声に出して読みたい、この3冊]②。

  • 夏目 漱石: 坊っちゃん

    夏目 漱石: 坊っちゃん
    小学館文庫、460円。斎藤 孝・選、毎日新聞「今週の本棚」、[声に出して読みたい、この3冊]①

  • 堺 雅人: 文・堺雅人② すこやかな日々

    堺 雅人: 文・堺雅人② すこやかな日々
    文藝春秋、1,470円。知る人ぞ知る名文家・思索家のエッセイ。撮り下ろし写真&撮影現場の写真、満載。文庫版「文・堺雅人①」638円。

  • 塩澤 実信: 昭和の流行歌物語

    塩澤 実信: 昭和の流行歌物語
    展望社、1,995円。佐藤千夜子から笠置シズ子、美空ひばりへ。この歌が歌われた頃は、どんな時代だったのか。

  • 山口 恵以子: 月下上海(げっかしゃんはい)

    山口 恵以子: 月下上海(げっかしゃんはい)
    文藝春秋、1,365円。上海を訪れた財閥令嬢の美人画家、魔都(まと)に繰り広げられる波乱万丈(はらんばんじょう)の物語。松本清張賞受賞作品。

  • 浅田 次郎: 終わらざる夏 上中下

    浅田 次郎: 終わらざる夏 上中下
    集英社文庫、各662円。玉音放送後、北辺の地シュムシュトウ(占守島)で起きた知られざる戦い! 運命に翻弄(ほんろう)される3人の男たち―日本版「戦争と平和」。

  • ヘンリー・メイヒュー: ロンドン貧乏物語

    ヘンリー・メイヒュー: ロンドン貧乏物語
    植松靖夫・訳、悠書館、2,940円。ヴィクトリア時代 呼売商人の生活誌。繁栄の底にうごめく貧しき者たちの笑いと涙、怒りと争い、愛と諦念。

  • まど・みちお 詩: Rainbow にじ

    まど・みちお 詩: Rainbow にじ
    皇后 美智子 選・英訳、文藝春秋、1,365円。安野光雅 絵。

  • 加藤 廣: 安 土 城 の 幽 霊

    加藤 廣: 安 土 城 の 幽 霊
    文春文庫、494円。「信長の棺」異聞録。信長、秀吉、家康、天下人たちの意外な素顔。本能寺三部作外伝。

  • 小林 凜: ランドセル俳人の五・七・五

    小林 凜: ランドセル俳人の五・七・五
    ブックマン社、1,260円。不登校少年は俳句を作ってイジメに耐えた(日野原重明)。読みながらも涙が止まらなかった(俵万智)。 「いじめられ行きたし行けぬ春の雨」。

  • 田辺 聖子: 女は太もも

    田辺 聖子: 女は太もも
    文春文庫、590円。女心と男心の機微を心得た作家による、ユウモアあふれるエッセイ。

  • クリス・ダレーシー: 龍のすむ家

    クリス・ダレーシー: 龍のすむ家
    三辺律子・訳、竹書房、1,470円。「下宿人募集―ただし、子供と猫と龍が好きな方」、奇妙な張り紙を見た大学生デービットが訪れたのは静かな一軒家。イラスト満載。文庫版700円。

  • 畠中 恵: まんまこと

    畠中 恵: まんまこと
    文春文庫、580円。題名の意味は「本当のこと」。頼りない息子の悪友たちの活躍、女性たちも負けてはいない。

  • 社団法人全国有料老人ホーム協会: シルバー川柳 1、2

    社団法人全国有料老人ホーム協会: シルバー川柳 1、2
    ポプラ社、各1,000円。一緒に笑いませんか。“誕生日ローソク吹いて立ちくらみ”、“「アーンして」むかしラブラブいま介護”。

  • 磯崎 憲一郎: 往古来今(おうこ・らいこん)

    磯崎 憲一郎: 往古来今(おうこ・らいこん)
    文藝春秋、1,470円。「過去」と「いま」、人は何を感じ、何を選ぶのか。芥川賞作家による五つの物語。

  • 谷川 俊太郎: 自選 谷川俊太郎詩集

    谷川 俊太郎: 自選 谷川俊太郎詩集
    岩波文庫、700円。80歳を過ぎた著者が、17歳頃から書き続けた詩の中から、173篇を選んである。時には真剣に考えなくてはならない言葉も、読んでしまった事を後悔するほど怖い言葉にも出会う。

  • 安岡 章太郎: 犬をえらばば

    安岡 章太郎: 犬をえらばば
    講談社文芸文庫、1,300円。犬をえらぶのは人であり、我々は犬の主人のつもりでいる。ここには、坂口安吾、吉行淳之介、志賀直哉、遠藤周作も登場する。犬には、現世では得られない何物かがある。

  • モーリス・ルブラン: ルパン、最後の恋

    モーリス・ルブラン: ルパン、最後の恋
    平岡 敦・訳、早川書房 〔ハヤカワ・ミステリ1863〕、1,365円。遺稿発見、まぼろしの最終作。完成された作品ではないが、貴重な文献である。

  • 桜井 洋子: 江戸切絵図・藤沢周平の世界

    桜井 洋子: 江戸切絵図・藤沢周平の世界
    (時代小説シリーズ)、人文社、1,680円。古地図で訪ねる藤沢作品の舞台: 江戸と庄内藩(海坂藩、現・山形県鶴岡市)。

  • 田端 義夫: バタヤンの人生航路
    日本放送出版協会、出品者から10,000円以上。オース!オース!オース!。胸にギターを抱えて歌うバタヤンの自伝。父が早世し、母が10人の子を育てた。米の代わりにオカラ、おかずは紅ショウガ。
  • 鈴木健一: 千 年 の 百 冊

    鈴木健一: 千 年 の 百 冊
    小学館、2,940円。あらすじと現代語訳で読む「日本の古典100冊」。

  • 岸 惠子: わ り な き 恋

    岸 惠子: わ り な き 恋
    幻冬舎、1,680円。「まろまろと 上る月見て もどり来ぬ 狂ふことなく 生くるも悲劇」 70歳を超えた女性の鮮烈な愛と性。愛憎、献身、束縛、執念、嫉妬、エゴ...最後の恋は、どこへ行き着くのか。

  • ジェームス・ボールドイン: ギリシャ神話 〔新版〕

    ジェームス・ボールドイン: ギリシャ神話 〔新版〕
    杉谷代水・訳、冨山房インターナショナル、3,675円。明治42年に発行された名著の復刊。現代文との2段組みで、原文を味わい、神々の壮大な物語を楽しむ。

  • 柴田 錬三郎: 眠狂四郎無頼控 (1)

    柴田 錬三郎: 眠狂四郎無頼控 (1)
    新潮文庫、700円。狂四郎には何とも言えない陰がある。男もほれる色気がある。円月殺法「その手は、ゆるやかに、刀身をまわしはじめた」。相手は切られて倒れている。どのように切ったかは、読者自身の頭の中にある。

  • 矢崎節夫: みんなを好きに 金子みすゞ物語

    矢崎節夫: みんなを好きに 金子みすゞ物語
    上野紀子・挿し絵、JULA出版局、1,785円。金子みすゞってどんな人? みすゞを世に送りだした著者が描く伝記物語。

  • 中島京子: 女 中 譚(じょちゅうたん)

    中島京子: 女 中 譚(じょちゅうたん)
    朝日文庫、朝日新聞出版、525円。昭和初期を舞台にした知的でチャーミングんあ3つの女中の物語。「直木賞」受賞作『小さなおうち』の姉妹小説。

  • アレクサンドル・デュマ: モンテ・クリスト伯

    アレクサンドル・デュマ: モンテ・クリスト伯
    山内義雄・訳、岩波文庫、7冊美装ケースセット、5,796円。1~5巻各798円、6~7巻各903円。時代を超えて読み継がれる不朽の名作。

  • 藤沢 周平: 風 の 果 て〈新装版〉

    藤沢 周平: 風 の 果 て〈新装版〉
    文春文庫、新装版、上570円 下530円、家老職についたものの、栄耀(えいよう)とはまた孤独な泥の道。ある日、旧友から届いた果たし状を前に、又左衛門は―――。

  • 澁澤龍彦・訳:  幻 想 怪 奇 短 篇 集

    澁澤龍彦・訳: 幻 想 怪 奇 短 篇 集
    河出文庫、998円。フランス幻想小説から選んだ珠玉の作品。

  • 井上 ひさし: 巷 談 辞 典

    井上 ひさし: 巷 談 辞 典
    山藤章二・画、河出文庫、998円。110篇の抱腹絶倒エッセイ。

  • 石川 九楊: 縦に書け!―横書きが日本人を壊している

    石川 九楊: 縦に書け!―横書きが日本人を壊している
    祥伝社新書、819円。日本語の核心を衝いて放つ、衝撃の現代文明論。

  • 黒田 夏子: abさんご

    黒田 夏子: abさんご
    文藝春秋、1,260円。芥川賞、著者75歳、史上最高齢。全文ヨコ書き、ひらがな多用。生死の交錯する「昭和」の家庭で育ったひとり児の運命。

  • 葉室(ハムロ) 麟(リン): おもかげ橋

    葉室(ハムロ) 麟(リン): おもかげ橋
    幻冬舎、1,680円。迫り来る、藩を二分する政争の余波。三人の男女の儘(まま)ならぬ人生。武士とは命懸けで人を信じるもの――。

  • 成毛 眞: 面 白 い 本

    成毛 眞: 面 白 い 本
    岩波新書、735円。選りすぐりの面白い本100冊。

  • 永田 和宏: 近 代 秀 歌

    永田 和宏: 近 代 秀 歌
    岩波新書、861円。これだけは覚えておきたい厳選100首。

  • アンデルセン: 口語訳 即興詩人

    アンデルセン: 口語訳 即興詩人
    安野光雅・訳、山川出版社、1,995円。森鴎外の文語訳で親しまれた名作を、画家・安野が初めて書き下ろした口語訳。

  • 藤沢 周平: 玄 鳥(げんちょう)

    藤沢 周平: 玄 鳥(げんちょう)
    文春文庫、500円。無外流剣士の亡父から秘伝を受け継いだ路は、上意討ちに失敗し、左遷された兵六に秘伝を教えようとする。武家の娘の淡い恋心を帰らぬ燕に託して描いた「玄鳥」ほか、闇討ち、浦島など5編。

  • 藤沢 周平: 一 茶(いっさ)

    藤沢 周平: 一 茶(いっさ)
    文春文庫、610円。2万に及ぶ発句、素朴な作風とは裏腹に、貧しさの中を生き抜いた男。俳聖か、風狂か、俗物か。

  • 谷村 志穂: 尋 ね 人(たずねびと)

    谷村 志穂: 尋 ね 人(たずねびと)
    新潮社、1,785円。昭和27年、突然姿を消した恋人。あれから50年、末期ガンの母に代り男を捜す娘は、自分の恋を重ね始める。そして、函館の街に衝撃の結末が。

  • 五味 康祐: 薄 桜 記(はくおうき)

    五味 康祐: 薄 桜 記(はくおうき)
    新潮文庫、935円。主人公は隻腕の剣士。忠臣蔵で有名な堀部安兵衛が親友だが、二人は赤穂方と吉良方に分れ果し合う。著者は「柳生武芸帳」などで知られる時代小説の名手。今、NHKテレビの放映で、再び人気急上昇。

  • 柳田 国男: 全訳 遠野物語

    柳田 国男: 全訳 遠野物語
    石井 徹・訳注、石井正己・監修、無明舎出版、1,680円。原文の味わいを生かした現代語訳、詳細な脚注、索引、写真豊富。

  • 日野岡裕司・写真: 石川啄木 望郷のうた

    日野岡裕司・写真: 石川啄木 望郷のうた
    発行・ブレーン、発売・北辰堂出版、1,890円。写真で描く啄木の世界、絶唱216首。

  • ドナルド キーン: 正 岡 子 規

    ドナルド キーン: 正 岡 子 規
    角地幸男・訳、新潮社、1,890円。俳句と短歌に革命をもたらし、たえず挑戦し続けた子規の生涯を精緻に描く評伝。

  • 金子みすゞ: みすゞ と 海 と

    金子みすゞ: みすゞ と 海 と
    尾崎眞吾・画、ニ玄社、2,100円。金子みすゞの海を歌った39篇を、みすゞのふるさとの海に魅せられた画家が再現。

  • 塩澤 実信: 昭和の戦時歌謡物語

    塩澤 実信: 昭和の戦時歌謡物語
    展望社、2,100円。日本人はこれを歌いながら戦争に行った。昭和は遠くならず。

  • 藤沢 周平: 秘太刀 馬の骨

    藤沢 周平: 秘太刀 馬の骨
    文春文庫、570円。家老から秘太刀探索を命じられた半十郎と銀次郎は、藩内剣客一人ひとりと立ち会うが、やがて秘剣の裏側に執政をめぐる暗闘が見えてくる。半十郎が暗闇の中に秘太刀を見たとき、家では長年の妻の病が治っていた。『蝉しぐれ』よりも読者を惹きつける隠れた傑作。

  • 藤沢 周平: 驟(はし) り 雨

    藤沢 周平: 驟(はし) り 雨
    新潮文庫、570円。薄幸な女性を容赦なく、しかし愛(いと)おしい表現で描いていて、せつなくて好きです。(NHKアナ、有働由美子・評)

  • 末浦 広海: 刻  命 (コクメイ)

    末浦 広海: 刻  命 (コクメイ)
    中央公論新社、1,785円。40年ぶりに出所した居合の達人。娘の死の真相に触れた時、その闘いが始まる!

  • オスカー ワイルド: サ ロ メ (SALOME)

    オスカー ワイルド: サ ロ メ (SALOME)
    平野啓一郎・訳、光文社古典新訳文庫、724円。これまでの訳とは違い、みずみずしいほど平易で、可愛く、かつ危険な言葉で、読者を深く暗い場所にいざなう。

  • 坊城 浩: 猫のながし目

    坊城 浩: 猫のながし目
    鳥影社、1,890円。猫狂いが書き、猫嫌いまでをも感動させた面白さ。登場する猫たちは役者揃い。

  • 藤沢 周平: 雲 奔 る - 小説・雲井達雄

    藤沢 周平: 雲 奔 る - 小説・雲井達雄
    中公文庫、680円。倒薩に奔走した米沢藩士・雲井達雄の生涯を描く。

  • 横田 順彌: 近代日本奇想小説史 明治篇

    横田 順彌: 近代日本奇想小説史 明治篇
    ピラールプレス、12,600円。SF中心の「もう一つの小説史」。日本推理作家協会賞、SF大賞特別賞、大衆文学研究賞の三冠王。

  • 田口 理恵: 魚のとむらい

    田口 理恵: 魚のとむらい
    東海大学出版会、2,940円。供養碑から読み解く人と魚のものがたり。

  • よしだみどり・編: 金子みすゞ  心の詩集

    よしだみどり・編: 金子みすゞ 心の詩集
    藤原書店、1,890円。 The Poetry of Misuzu 【通常版】 38編の詩に、英語と絵を付す。CD(74分)付、2,940円。

  • 平岩 弓枝: 聖徳太子の密使

    平岩 弓枝: 聖徳太子の密使
    新潮文庫、620円。待ち受ける妖怪変化、太子の娘と三匹の猫の大冒険。

  • 川本 三郎: 白 秋 望 景

    川本 三郎: 白 秋 望 景
    新書館、2,800円。たそがれていくものの懐かしさ―白秋独特の感覚が解きほぐされていく。

  • 藤沢 周平: 周 平 独 言

    藤沢 周平: 周 平 独 言
    文春文庫、680円。自らを語ることの少なかった周平の素顔。歴史上の人物・自分・周囲のことなどを流麗な文章で淡々と綴る。

  • 内田 百閒: 東 京 焼 盡

    内田 百閒: 東 京 焼 盡
    中公文庫、895円。第2次大戦時の空襲日記、月齢の記述あり。非常時に、月の満ち欠けに日常を見出す。戦後、筆名を百閒に変えた。

  • 澁澤 龍子: 澁澤龍彦との旅

    澁澤 龍子: 澁澤龍彦との旅
    白水社、2,100円。偉才がたどった「確認の旅」と「発見の旅」、その時を共にした夫人の「最後の旅」と「幻(まぼろし)の旅」に至るモザイクの片々。

  • 澁澤 龍彦: 狐 媚 記 (こびき)

    澁澤 龍彦: 狐 媚 記 (こびき)
    鴻池朋子・絵、平凡社ライブラリー、1,470円。少女を助けた星丸は恋に落ちるが、彼女は狐の子として生まれた妹だった。暗黒メルヘンの傑作。

  • 中山 義秀: 咲 庵(しょうあん)

    中山 義秀: 咲 庵(しょうあん)
    中公文庫、900円。明智光秀は何故、織田信長を討ったのか?

  • 吉行淳之介・編: 酔っぱらい読本

    吉行淳之介・編: 酔っぱらい読本
    講談社文芸文庫、1,365円。飲んでから読むか、読んでから飲むか、酒にまつわるエッセイと詩。丸谷 才一、内田百閒、阿川弘之、室生犀星などの作品、22編。

  • 金子 みすゞ: わたしと小鳥とすずと

    金子 みすゞ: わたしと小鳥とすずと
    金子みすゞ童謡集、JULA出版局、1,260円。矢崎節夫・選、高畠純・挿絵。「こだまでしょうか」「わたしと小鳥とすずと」「星とたんぽぽ」など、60編。

  • 由良 弥生: 原典 『日本 昔ばなし』

    由良 弥生: 原典 『日本 昔ばなし』
    三笠書房、王様文庫、560円。大人もぞっとする、「毒消し」されてきた残忍と性虐と狂気。

  • 由良 弥生: 初版 『グ リ ム 童 話』

    由良 弥生: 初版 『グ リ ム 童 話』
    三笠書房、王様文庫、560円。大人もぞっとする、ずっと隠されてきた残酷、性愛、狂気、戦慄の世界。

  • 阿川 弘之: 亡 き 母 や

    阿川 弘之: 亡 き 母 や
    講談社文芸文庫、1,470円。母を思い、父を語り、自らの原点をさぐる、哀惜をこめた長篇小説。

  • 佐藤 雅美: 八州廻り 桑山十兵衛

    佐藤 雅美: 八州廻り 桑山十兵衛
    佐藤雅美、文春文庫、570円。「たどりそこねた芭蕉の足跡」、シリーズ第7弾。

  • 岡本 綺堂(きどう): 半七捕物帳 年代版〈1〉

    岡本 綺堂(きどう): 半七捕物帳 年代版〈1〉
    まどか出版、1,575円。揺らぐ江戸の泰平―若き半七、躍動す。江戸情緒を豊かに描いた捕物小説の嚆矢(こうし)。江戸地図、注釈、年表付き。

  • 多羅尾 整治: 古 事 記 外伝

    多羅尾 整治: 古 事 記 外伝
    幻冬舎、1,680円。イズモ・クロニクル(出雲年代記)。海を越えてやって来た職人軍団、王となったスサノヲ、オオクニ。

  • 菅野 匡夫(まさお): 短歌で読む昭和感情史

    菅野 匡夫(まさお): 短歌で読む昭和感情史
    平凡社新書、840円。激動の昭和を日本人はどう生きたか。戦地の兵士、家族を守り父や夫の無事を祈る人々の歌。『昭和万葉集21巻(講談社)』の編者が「人々の心」を明らかにする。

  • 葉室 麟(はむろ・りん): 蜩(ひぐらし)ノ記

    葉室 麟(はむろ・りん): 蜩(ひぐらし)ノ記
    祥伝社、1,680円。腹の底から泣ける誠(まこと)の武士の物語。その神髄は二転三転し、錯綜(さくそう)を重ねる人間関係、藩の不祥事、刺客の登場...誠の武士の魂は元服前の少年の胸にさえ宿っていた。

  • パトリック・ネス: 怪物は ささやく

    パトリック・ネス: 怪物は ささやく
    シヴォーン・ダウド原案、ジム・ケイ絵、池田真紀子訳、あすなろ書房、1,680円。教会の墓地に聳えるイチイの木、夜中の12時7分に現れる怪物が、13歳の少年コナーに囁く3つの物語。4つ目を怪物はコナーに語れと言う。

  • 朽木 祥(くつき・しょう): 彼岸花はきつねのかんざし

    朽木 祥(くつき・しょう): 彼岸花はきつねのかんざし
    学研、学研の新・創作シリーズ、1,260円。児童書。おばあさんは しょっちゅう狐に化かされる。しかし也子の前に現れたのは 可愛い子狐。あの夏、戦争で爆弾が落とされ...。

  • 沼田 まほかる: 猫 鳴 り

    沼田 まほかる: 猫 鳴 り
    双葉文庫、550円。猫との運命的な出会いから20年を経て、最後の別れまで。猫の一生を通して「生きること」をみつめた。

  • 森本 哲郎: 吾輩も猫である

    森本 哲郎: 吾輩も猫である
    PHP文芸文庫、700円。元新聞記者の主人と「吾輩」たち愛猫が織り成す風刺に富んだ日々。古今東西の名作の考察など、話題は幅広く、深い。

  • 今泉 恂之介: 子規は何を葬ったのか

    今泉 恂之介: 子規は何を葬ったのか
    新潮選書、1,260円。空白の俳句史百年、江戸後期から明治の俳句。「月並で見るに堪えず」の一言が名句・秀句を切り捨てた。

  • ハンス・クリスチャン・ アンデルセン: アンデルセン童話全集Ⅰ

    ハンス・クリスチャン・ アンデルセン: アンデルセン童話全集Ⅰ
    カーライ他 絵、天沼春樹 訳、西村書店、全3巻、各3,990円。オールカラー挿絵多数(国際アンデルセン賞受賞)、大人のための完訳版。

  • 芦川 淳一: 白 面 の 剣 客

    芦川 淳一: 白 面 の 剣 客
    双葉文庫、630円。剣四郎影働き(3)。育ての親の轟釜之助を斬った白面の剣客・時雨京之助に戦いを挑む如月剣四郎...

  • 北原 亞以子: 父 の 戦 地

    北原 亞以子: 父 の 戦 地
    新潮文庫、460円。父はビルマの戦地から、3歳の娘に絵入りの葉書を送り続けた。慟哭(どうこく)の記。

  • ラフカディオ・ハーン: 怪 談(Kwaidan)

    ラフカディオ・ハーン: 怪 談(Kwaidan)
    ヤン・シュヴァンクマイエル画、図書刊行会、2,940円。ハーンの名作「耳なし芳一」「ろくろ首」「雪おんな」などが、名画家の絵で今甦(よみがえ)る。

  • 塩澤 実信: 昭和の流行歌物語

    塩澤 実信: 昭和の流行歌物語
    展望社、1,995円。佐藤千夜子から笠置シズ子、美空ひばりへ。日に日に遠ざかっていく昭和、歌は思い出を連れてくる。

  • 前田 忠明: 大原麗子 炎のように

    前田 忠明: 大原麗子 炎のように
    青志社、1,575円。離婚・中絶・乳がん・父のDV・孤独な晩年。感動と驚愕の真実。実弟・大原政光 監修。

  • 青山 文平: 白樫の樹の下で

    青山 文平: 白樫の樹の下で
    文芸春秋、1,450円。いまならば斬れる! 貧乏御家人が刀を抜くとき。松本清張賞受賞作。

  • 金子みすず: 金子みすず童謡全集

    金子みすず: 金子みすず童謡全集
    JULA出版局、7,560円、全6巻。若くして自ら命を絶った天才詩人の、宇宙を見、地上を見る、心やさしい詩集。

  • 陳 舜臣: 聊斎志異考

    陳 舜臣: 聊斎志異考
    中公文庫、720円。中国の妖怪談義。異界の女たちの妖美の世界。

  • 竹本 忠雄: 秘伝ノストラダムス・コード

    竹本 忠雄: 秘伝ノストラダムス・コード
    海竜社、4,515円。逆転の世界史。予言詩の解釈ではなく、歴史物語のように読み、見せる。近未来が見える。

  • 津本 陽: 活眼の刻-柳生兵庫助(4)

    津本 陽: 活眼の刻-柳生兵庫助(4)
    双葉文庫、630円。兵庫助が新陰流三世を継いだ。だが、反目する忍び衆が襲ってきた。

  • 町田 康: 猫とあほんだら

    町田 康: 猫とあほんだら
    講談社、1,680円。突如引越しをしようと物件を見に行くと、玄関で2匹の子猫がふるえていて.....写真と文章で綴る猫たちとの日々。

  • 平岩 弓枝: 諏訪の妖狐

    平岩 弓枝: 諏訪の妖狐
    講談社、1,575円。はやぶさ新八御用旅。次々起こる事件が隼新八郎を甲府へ諏訪へと走らせる。周囲には常々不穏な空気が.....

  • アンデルセン: 口語訳 即興詩人

    アンデルセン: 口語訳 即興詩人
    アンデルセン原作、安野光雅 訳、山川出版社、1,995円。ローマ生まれのアントニオは故郷を追われ、ギターを弾き即興詩を謳(うた)いながら、イタリア各地をさまよう。本邦初の口語訳。文語訳は森鴎外。

  • 藤田 真一: 蕪 村 余 響

    藤田 真一: 蕪 村 余 響
    岩波書店、3,990円。そののちいまだ年くれず。市井の中で絵画にも俳諧にも創意に富んだ作品を生み続けた蕪村を描く。

  • 角田 光代: 八日目の蝉

    角田 光代: 八日目の蝉
    中公文庫、中央公論新社、620円。不倫相手の子を連れ逃亡する女、その人を「母」だと信じて育てられた女、ままならぬ人生を強く生きる女性たち。

  • クレア・キップス: ある小さなスズメの記録

    クレア・キップス: ある小さなスズメの記録
    梨木香歩 訳、酒井駒子 画、文芸春秋、1,500円。老ピアニストと飛べないスズメの12年にわたる奇跡の友情物語。

  • 京極 夏彦: オジいサン

    京極 夏彦: オジいサン
    中央公論新社、1,575円。若い人には分らない老人小説。

  • エンリーケ・ビラ=マタス: ポータブル文学小史

    エンリーケ・ビラ=マタス: ポータブル文学小史
    木村榮一 訳、平凡社、1,995円。奇才スターンの小説に由来する秘密結社シャンディに集まったモダニストたちの奇妙な生態。

  • 網野 菊 著、山下多恵子 編: おん身は花の姿にて

    網野 菊 著、山下多恵子 編: おん身は花の姿にて
    未知谷、2,520円。志賀直哉を師と仰ぎ、生涯をかけて「私」を書き続けた日々の哀歓、香り立つ凛とした嗜(たしな)み、深い教養。

  • 高 護: 歌 謡 曲

    高 護: 歌 謡 曲
    岩波新書、840円。時代を彩った歌たち。日本に生まれたポピュラー音楽・ヒット曲を手がかりに、その魅力の源泉に迫る。

  • 森見 登美彦: 四畳半王国見聞録

    森見 登美彦: 四畳半王国見聞録
    古屋兎丸 画、新潮社、1,470円。7つの宇宙規模的妄想が京の町を震わせる。阿呆(あほ)らしくも恐るべき物語。

  • クレア・キップス: ある小さなスズメの記録

    クレア・キップス: ある小さなスズメの記録
    梨木香歩 訳、酒井駒子 画、文芸春秋、1,500円。人を慰め、愛し、叱った誇り高きクラレンスの生涯。幻の名作がよみがえる。

  • 加藤 廣: 安土城の幽霊

    加藤 廣: 安土城の幽霊
    文芸春秋、1,500円。信長の愛刀に宿る妖女の正体。「信長の棺」異聞録。

  • 半藤 一利: あの戦争と日本人

    半藤 一利: あの戦争と日本人
    文藝春秋、1,600円。日露戦争、統帥権、戦艦大和、特攻隊、原子爆弾、八月十五日、昭和天皇。

  • 有栖川 有栖: 女王国の城

    有栖川 有栖: 女王国の城
    創元推理文庫、東京創元社、上下各924円。本格ミステリー大賞受賞。

  • 山本 一力: ジョン・マン 波濤編

    山本 一力: ジョン・マン 波濤編
    講談社、1,680円。14歳で漂流、米国で高等教育、世界を巡り帰国した中浜万次郎の奇跡の生涯。幕末、彼がいなければ日本は植民地かも。同郷土佐生まれの作家が描く力作。

  • 貴志 祐介: 新世界より(上)

    貴志 祐介: 新世界より(上)
    講談社文庫、(上)760円、(中)710円、(下)830円。千年後の日本。神の力を得た人々は、見せかけの平和を謳歌。日本SF大賞受賞。

  • 森見 登美彦: 美女と竹林

    森見 登美彦: 美女と竹林
    光文社文庫、600円。ファンタジックな「森見ワールド」。

  • 乾(いぬい) 緑郎: 忍び外伝

    乾(いぬい) 緑郎: 忍び外伝
    朝日新聞出版、1,575円。伊賀で一流の忍者になった文吾。やがて織田の大軍が伊賀に迫る。朝日時代小説大賞受賞。

  • 阿川 弘之: 天皇さんの涙―葭の髄から・完

    阿川 弘之: 天皇さんの涙―葭の髄から・完
    文芸春秋、1,500円。深い見識と品格ある日本語で、この國を思い、そして憂えた、滋味あふれるエッセイ。極上の日本語を味わう贅沢なひと時を。

  • アガサ クリスティー: そして誰もいなくなった

    アガサ クリスティー: そして誰もいなくなった
    ハヤカワ文庫―クリスティー文庫、青木久恵 訳、798円。解説:赤川次郎。強烈なサスペンスの最高傑作。クリスティー生誕120年記念・新訳シリーズ第1弾。

  • 水木 悦子: お父ちゃんのゲゲゲな毎日

    水木 悦子: お父ちゃんのゲゲゲな毎日
    新潮文庫、460円。次女が父しげるの面白過ぎる生態を綴ったエッセイ。こんなお父ちゃん、可愛い!

  • 遠藤 展子: 父・藤沢周平との暮し

    遠藤 展子: 父・藤沢周平との暮し
    新潮文庫、420円。愛娘が描き出す父の教え、「挨拶は基本、自慢はしない、普通が一番」。

  • 藤沢 周平: たそがれ清兵衛

    藤沢 周平: たそがれ清兵衛
    新潮文庫、580円。普段は侮(あなど)られがちな侍(さむらい)たちの意外な活躍を描く、人情味あふれる作品8編。

  • 山本 夏彦: 茶の間の正義

    山本 夏彦: 茶の間の正義
    中公文庫、620円。眉唾(まゆつば)もの、うさん臭い正義、そこからは何ものも生まれない。何度読み返してもよい本。

  • フローラ・フレイザー: ナポレオンの妹

    フローラ・フレイザー: ナポレオンの妹
    中山ゆかり 訳、白水社、2730円。妖婦か、ヴィーナスか。皇帝が最も手こずり、最も愛した妹ポーリーヌの波乱の生涯。もう一つのナポレオン史。

  • 佐伯 泰英: 尾張ノ夏―居眠り磐音江戸双紙(34)

    佐伯 泰英: 尾張ノ夏―居眠り磐音江戸双紙(34)
    双葉文庫、680円。尾張城下の寺に仮住まいを始めた磐音とおこん、城下町見物中に騒動に巻き込まれ...

  • 大村 彦次郎: 荷風 百閒 夏彦がいた

    大村 彦次郎: 荷風 百閒 夏彦がいた
    筑摩書房、2,415円。昭和文人あの日この日。頑固者が気ままに生きた時代があった! 著者は講談社編集長、取締役、大衆文学研究賞等受賞。

  • 曽野 綾子: 安心したがる人々

    曽野 綾子: 安心したがる人々
    小学館、1575円。日本人の「幸福中毒症状」を鋭く抉り出すエッセイ48編。

  • あさの あつこ: ぬ ば た ま

    あさの あつこ: ぬ ば た ま
    新潮文庫、460円。山や木の奇怪な力に魅了される幻想4話。妻に見捨てられた男と不思議な女たち、死んだ筈の初恋の少年からの電話、死体を覆い乱舞する蝶、死者が見える若い男女。

  • 吉田 紀子: ハナミズキ

    吉田 紀子: ハナミズキ
    幻冬舎文庫、520円。北海道の港町、紗枝は東京の大学へ、恋人の康平は漁師に。それから10年、亡父の植えたハナミズキが咲く頃、二人に奇跡が訪れる。涙の先にある君と僕の運命は...

  • 阿川 弘之: 論語知らずの論語読み

    阿川 弘之: 論語知らずの論語読み
    講談社文芸文庫、1,680円。論語をダシに、奇人変人の作家仲間を独特のユーモアで切る。

  • オマル・ハイヤーム: ルバイヤート

    オマル・ハイヤーム: ルバイヤート
    E.フィッツジェラルド英訳、竹友藻風 邦訳、ロナルド・バルフォア絵、マール社、1,890円。中世ペルシアで生まれた四行詩集、文語訳、各ページに美しい挿絵。

  • 井上 ひさし: 一 週 間

    井上 ひさし: 一 週 間
    新潮社、1,995円。若き日のレーニンの手紙を入手! それはレーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにするものだった。著者が全てをかけた作品。

  • 山田 風太郎: 人間万事嘘(うそ)ばっかり

    山田 風太郎: 人間万事嘘(うそ)ばっかり
    日下三蔵 編、筑摩書房、2,415円。 山田風太郎エッセイ集成、世相から酒・煙草まで、単行本未収録エッセイ。

  • 平岩 弓枝: 新・御宿かわせみ

    平岩 弓枝: 新・御宿かわせみ
    文春文庫、600円。第二部スタート。明治の初年、時代の混乱が降りかかり、東吾は行方不明...

  • 井上文勝: 「千の風になって」紙袋に書かれた詩

    井上文勝: 「千の風になって」紙袋に書かれた詩
    ポプラ社、1,260円。世界中が探し求めていた原作者マリー・E・フライ(2004年没、98歳、ボルチモア USA)を探し当てるまでのノンフィクション。原詩が書かれた背景。

  • 著者不詳: Do Not Stand at My Grave and Weep (Inspirational)

    著者不詳: Do Not Stand at My Grave and Weep (Inspirational)
    Paul Saunders 絵、Souvenir Press Ltd 発行、854円。『千の風になって』の英文版、各ページに美しい絵。Inspirational は「人に霊感を与える」の意。『千の風になって』とは英文の内容が一致しない部分あり。

  • 城山 三郎: そうか、もう君はいないのか

    城山 三郎: そうか、もう君はいないのか
    新潮文庫、380円。亡き妻との出会いから別れまで、夫婦の絆(きずな)の物語。著者没後に発見された手記。

  • 中津 燎子: 声を限りに蝉が哭(な)く

    中津 燎子: 声を限りに蝉が哭(な)く
    三五館、1,260円。戦争とは自殺のこと―84歳の決意の伝言、「全部話して死にたいね!」、著者は大宅賞作家。

  • 阿刀田 高: 闇  彦

    阿刀田 高: 闇  彦
    新潮社、1,365円。海彦山彦の昔から、歴史の闇(やみ)に潜み続ける人知を超えた「あやかし」闇彦。

  • 中島 京子: 小さいおうち

    中島 京子: 小さいおうち
    文芸春秋、1,660円。直木賞受賞。戦前戦中の中流階級の、つつましいけれど幸福な家庭で、美しい奥様に仕えた日々を振り返るタキ。

  • 池内 紀: 文学フシギ帖

    池内 紀: 文学フシギ帖
    岩波新書、756円。 日本の文学百年を読む。鴎外・牧水・百閒から三島・寺山・春樹まで、様々なフシギを秘めた作品に挑む。

  • 佐和 みずえ: 草原の風の詩(うた)

    佐和 みずえ: 草原の風の詩(うた)
    西村書店、1,575円。河原操子がモデルの歴史小説、女性版「坂の上の雲」。

  • 津本 陽: 泥の蝶―インパール戦線死の断章

    津本 陽: 泥の蝶―インパール戦線死の断章
    幻冬舎、1,575円。日本陸軍瓦解の引き金となったインパール作戦、無謀な作戦の代名詞となった凄惨な戦い、魂の戦記。

  • 三浦 朱門: 箱  庭

    三浦 朱門: 箱  庭
    講談社文芸文庫、1,575円。兄と義妹の情事から、静かに崩れ行く幸福な「家族」。

  • 吉行 和子: ひとり語り―女優というものは

    吉行 和子: ひとり語り―女優というものは
    文芸春秋、1,500円。波乱万丈の女優人生も50年以上に...。 あぐりの娘で、淳之介の妹は何を語る?

  • 大久保 智弘: 無 の 剣

    大久保 智弘: 無 の 剣
    二見書房、680円。時代小説文庫、御庭番宰領5。無外流の剣客鵜飼兵馬は、有形から無形の自在剣へと新境地に。

  • 浅黄 斑: 風雲の谺(こだま)

    浅黄 斑: 風雲の谺(こだま)
    二見書房、680円、時代小説文庫、 無茶の勘兵衛日月録9。深化する大野藩への策謀とは?

  • 藤田 まこと: 最 期

    藤田 まこと: 最 期
    日本評論社、1,470円。戦死した兄、酒、オンナ、友人の秘密、仕事術、そして死...すべてを語る。

  • 葛西 聖司: 名セリフの力

    葛西 聖司: 名セリフの力
    展望社、1500円。76の名セリフから、日本語の魅力、毒、鋭さ、優しさ、小粋さを引き出す。「お若えのお待ちなせえ」「知らざァ言って聞かせやしょう」など、―これで日本語の達人になる。著者はNHKアナウンサー。

  • バーネット著: 小公子セドリック

    バーネット著: 小公子セドリック
    G.ラスト・絵、西田佳子・訳〔カラー完訳版〕、西村書店、1,890円。素直な気持を忘れない、世代を超えて愛される物語。

  • 宮沢 章夫: 考えない人

    宮沢 章夫: 考えない人
    新潮社、1,365円。考えてもロクなことはない。考えなければ、思い切り力が抜ける。爆笑エッセイ。

  • 北方 謙三: 寂滅の剣

    北方 謙三: 寂滅の剣
    新潮社、1,785円。【完結篇】必殺の剣「日向流」を継ぐ兄弟の辿(たど)り着いた地平とは?

  • メアリー・ノートン: 床下の小人たち(小人の少女アリエッティ)

    メアリー・ノートン: 床下の小人たち(小人の少女アリエッティ)
    岩波少年文庫、[小人の冒険シリーズ1]、林容吉 訳、714円。ハードカバー版、2,310円。古い家の床下に住む小人一家、必要なものは人間から借りる。しかし小人の少女アリエッティが、その家の男の子に姿を見られて...【映画化決定、題名「借りぐらしのアリエッティ」宮崎駿・企画】

  • 鳥越 碧: 波 枕  おりょう秘抄

    鳥越 碧: 波 枕  おりょう秘抄
    講談社、1,785円。忘れ得ぬ龍馬の面影、残された「おりょう」の後半生。誇りをもって龍馬の妻であり続けた女の一生。

  • 南條 範夫: 暁の群像〈上・下〉

    南條 範夫: 暁の群像〈上・下〉
    文春文庫、上下各800円。三菱財閥の創始者、豪商岩崎弥太郎の生涯。

  • 柳川 彰治: 松尾芭蕉この一句

    柳川 彰治: 松尾芭蕉この一句
    平凡社、2,400円。全国の俳句結社の代表者ら312人が投票、347句が挙がり、そのうち157句を掲載。

  • マックミラン・ピーター: 英詩訳・百人一首香り立つやまとごころ

    マックミラン・ピーター: 英詩訳・百人一首香り立つやまとごころ
    佐々田雅子 訳、集英社新書、765円。One Hundred Poets, One Poem Each.2008年度 日本翻訳文化特別賞、日米友好基金日本文学翻訳賞 受賞。著者はアイルランド生まれ、日本在住20年余。

  • 司馬 遼太郎: 竜馬がゆく〈1~8〉

    司馬 遼太郎: 竜馬がゆく〈1~8〉
    文芸春秋、文春文庫、各660円。坂本龍馬の生涯を描く長篇小説。単行本全5巻、各1,500円。

  • 五木 寛之: 親 鸞(しんらん)上・下

    五木 寛之: 親 鸞(しんらん)上・下
    講談社、各1,575円。サスペンス、恋愛、冒険、こころの葛藤――これぞ家族で夢中になれる小説。

  • 平岩 弓枝: 西遊記〈1~4〉

    平岩 弓枝: 西遊記〈1~4〉
    文春文庫、〈1〉740円、〈2〉760円、〈3〉760円、〈4〉720円。中国唐代、太宗の御世、取経のため天竺へ旅立つ玄奘三蔵と、観音菩薩の命により三蔵を守って旅する天界を追われた孫悟空らの怪物との戦い、師弟愛、同胞愛の物語。美しい挿絵多数。普通サイズ本、上下、各1,785円、文芸春秋発行。

  • 加藤 廣: 謎手本忠臣蔵 上

    加藤 廣: 謎手本忠臣蔵 上
    新潮社、上下各1,680円。幕府と朝廷との確執、動機を語らず切腹した浅野内匠頭、謎を解き明かす忠臣蔵の決定版。

  • 半藤 末利子: 漱石の長襦袢

    半藤 末利子: 漱石の長襦袢
    文芸春秋、1,500円。著者の父は漱石の弟子・松岡譲、母は漱石の長女・筆子。漱石の孫から見た漱石夫妻とは。弟子たちから悪妻といわれた祖母・鏡子を弁護する。母・筆子の随筆付き。

  • 嵐山 光三郎: 「下り坂」繁盛記

    嵐山 光三郎: 「下り坂」繁盛記
    新講社、1,470円。我等もともと戦後ドサクサ育ち、不景気、貧乏、お手のもの。「人生後半」を楽しむ極意、ここにあり。

  • 森見 登美彦: 夜は短し歩けよ乙女

    森見 登美彦: 夜は短し歩けよ乙女
    角川書店、1,575円。黒髪の乙女にひそかに想いを寄せる「先輩」と、二人を待ち受ける奇々怪々なる面々が起こす珍事件、運命の大回転。角川文庫580円。

  • 蒲 松齢(ほ・しょうれい): 中国怪異譚 聊斎志異〈1〉

    蒲 松齢(ほ・しょうれい): 中国怪異譚 聊斎志異〈1〉
    増田 渉、松枝茂夫、常石 茂 訳、平凡社ライブラリー、全6巻、各1,575円。不思議な出来事を描いた中国最大の奇書。

  • 中村啓信 訳註: 新版 古事記

    中村啓信 訳註: 新版 古事記
    角川ソフィア文庫、1,180円。日本神話の原点。原文、読み下し文、現代語訳。

  • 好村 兼一: 伊藤一刀斎

    好村 兼一: 伊藤一刀斎
    廣済堂出版、上下各1,890円。剣道八段、パリ在住39年の著者が、知られざる一刀斎像を描く。廣済堂創業60周年記念出版。

  • 白洲 正子: 私の百人一首

    白洲 正子: 私の百人一首
    新潮文庫、500円。著者は白洲次郎の妻。14歳で米国留学、帰国後は文学等の修行に励み、読売文学賞を受賞。「百人一首」の内容を著者独自に考察。

  • 松下 緑 戯訳、渡部英喜 監修: 七五調で味わう人生の漢詩

    松下 緑 戯訳、渡部英喜 監修: 七五調で味わう人生の漢詩
    亜紀書房、1,785円。杜甫や陶淵明などの名句が七五調のリズム、軽妙洒脱な意訳・迷訳で蘇(よみがえ)る。

  • 森見 登見彦: きつねのはなし

    森見 登見彦: きつねのはなし
    新潮文庫、500円。古道具屋でアルバイトの「私」は、竹林のある古い屋敷を訪ねる。深い闇(やみ)に包み込まれそうになる怪異の味わい。短編集。

  • 安部 譲二: 絶滅危惧種の遺言

    安部 譲二: 絶滅危惧種の遺言
    講談社文庫、500円。70歳を過ぎた著者いわく「いままで謎にしていた私の生涯、全て話します」

  • 新田 次郎: 八甲田山 死の彷徨(ほうこう)

    新田 次郎: 八甲田山 死の彷徨(ほうこう)
    新潮文庫、540円。日露戦争が目前に迫った明治35(1902)年、雪中行軍の連隊の極限状況。軍隊組織上層部の自然に対する無知がもたらす悲劇。今の社会にも通じる上下関係の非情。

  • 池上 司: 雷撃深度一九・五

    池上 司: 雷撃深度一九・五
    文春文庫、660円。原爆を運ぶ米重巡洋艦インディアナポリスを撃沈せよの命令を受けた伊五八潜水艦の最後の闘い。史実と架空が織り成す手に汗握る戦記小説。映画『真夏のオリオン』の原作。これが全て史実だったら、日本はどうなっていた?

  • 加藤 廣: 秀吉の枷〈上・下〉

    加藤 廣: 秀吉の枷〈上・下〉
    日本経済新聞社、各1,680円。『信長の棺(ひつぎ)』に続く「本能寺」第2弾。秀吉の出自、桶狭間、中国大返し、晩年の末路、多くの謎に包まれた生涯を新しい視点で描く。文春文庫(上中下)、各630円。

  • 阿刀田高、小池真理子ほか: 眠れなくなる夢十夜

    阿刀田高、小池真理子ほか: 眠れなくなる夢十夜
    新潮文庫、420円。人気作家10名による世にも奇妙な十夜の物語。

  • 安部 譲二: 塀の中の懲(こ)りない面々

    安部 譲二: 塀の中の懲(こ)りない面々
    新風舎文庫、中古862円より。受刑者の岩崎老人は、子供は「生れた時から五つの年齢までのあの可愛らしさで」一生分の親孝行はすんでいると言った。興味深々の獄中記。20年以上前のミリオンセラー。「文春文庫」にもなったが、今は古書店で探すのもよい。

  • 西 加奈子: きりこについて

    西 加奈子: きりこについて
    角川書店、1,300円。猫好きでなく犬好きの評論家が、この本を開くとやめられなくなる、と書いている。主役は黒猫のラムセスⅡ世と小学生の「きりこ」。猫のIQは800ほどで、人間より遥かに頭がよく、漱石の『猫』などは書く前から分っていたそうだ。

  • 山本 夏彦: 浮き世のことは笑うよりほかなし

    山本 夏彦: 浮き世のことは笑うよりほかなし
    講談社、1,700円。著者経営の会社が発行する雑誌『室内』に掲載された対談から17編を選定、著者は既に故人だが、その博覧強記ぶりには恐れ入るほかなし。

  • 太宰 治: さよならを言うまえに

    太宰 治: さよならを言うまえに
    河出文庫、525円。作家太宰治の心に沁みる言葉を、全著作から抜粋した「人生のことば292章」。

  • アナトール・ル・ブラーズ: ブルターニュ幻想民話集

    アナトール・ル・ブラーズ: ブルターニュ幻想民話集
    見目 誠 訳、図書刊行会、2,730円。ひたひたと恐ろしい97話、フランス版「遠野物語」。

  • 加藤 廣: 空白の桶狭間

    加藤 廣: 空白の桶狭間
    新潮社、1,680円。合戦は、なかった。今川義元の不気味な触手、秀吉の密約を容れ暗躍する影の人々、信長が葬り去った真実とは?新潮文庫500円。

  • 太宰 治: 大活字版 ザ・太宰治〈上・下〉

    太宰 治: 大活字版 ザ・太宰治〈上・下〉
    第三書館、上下各1,995円。他に、『ザ・漱石』(上下各1,995円)、『ザ・龍之介』(1,995円)、『ザ・聊斎志異(日本語訳)』(2,625円)。眼鏡なしで読める全小説。

  • 吉川 千鶴: 胡蝶の灯り

    吉川 千鶴: 胡蝶の灯り
    幻冬舎、1,470円。昭和35年、北海道の小さな花街で、水商売と蔑まれながら、母は女手一つで夜の世界を強く優しく生きて、幼い娘の私を育ててくれた。今も母は私のすべて...。

  • ジョン・J・ゴッベル: レイテ 史上最大の海戦 (上・下)

    ジョン・J・ゴッベル: レイテ 史上最大の海戦 (上・下)
    山本光伸 訳、扶桑社、上下各950円。レイテ島奪還を目論む米国海軍と大日本帝国海軍の死闘。架空の米駆逐艦を主舞台に日米双方の視点から描く戦争巨編。

  • 青木 新門: 納棺夫日記

    青木 新門: 納棺夫日記
    文春文庫、490円。日本海の鉛色の空からミゾレが降る。死者を棺に納める仕事をしてきた著者は、宮沢賢治や親鸞に導かれるかのように「光」を見出す。なお『おくりびと』(小学館文庫)は、米国アカデミー賞受賞の映画を小説化した作品。

  • 吉行あぐり、吉行和子: あぐり白寿の旅

    吉行あぐり、吉行和子: あぐり白寿の旅
    集英社、(単行本)1,470円、(集英社文庫)500円。吉行淳之介の母あぐり、明治・大正・昭和・平成を生きて、91歳で海外旅行、99歳(白寿)を迎えて「これからが楽しい老後よ」とのたまう。ただ今101歳、はつらつ「あぐり」ワールド。

  • ねぎし三平堂 編: 林家三平傑作集

    ねぎし三平堂 編: 林家三平傑作集
    毎日新聞社、1,890円。昭和の爆笑王没後30年、昭和ネタのギャグ・コント約400を収録。

  • 定(さだ) 道明: 鴨の話

    定(さだ) 道明: 鴨の話
    西田書店、1,890円。1940年生まれの著者が、越前福井県界隈を舞台に、そこに住む人々の日常を静かに語る表題の作品ほか4編。

  • 大佛(おさらぎ) 次郎: 鞍馬天狗余燼

    大佛(おさらぎ) 次郎: 鞍馬天狗余燼
    大佛次郎セレクション、未知谷(発行)、5,250円。幕末、新撰組を相手に神出鬼没の鞍馬天狗をもっと知りたい。

  • チャールズ・ディケンズ: クリスマス・キャロル

    チャールズ・ディケンズ: クリスマス・キャロル
    池央耿 訳、光文社古典新訳文庫、440円。ケチの代名詞と言われた主人公スクルージが、クリスマス・イブの夜、精霊に連れられて、自分の過去現在未来や貧しい家庭の清い心を見て改心する。

  • 与謝野 晶子 作、道浦母都子選・解説: 新選 与謝野晶子歌集

    与謝野 晶子 作、道浦母都子選・解説: 新選 与謝野晶子歌集
    講談社文芸文庫、1,785円。晶子生誕130年記念特別出版。

  • グリム兄弟著、池田香代子訳・解説: 完訳グリム童話集 3

    グリム兄弟著、池田香代子訳・解説: 完訳グリム童話集 3
    講談社文芸文庫、1,785円。哄笑、恐怖、ロマン...千変万化、211の輝く小宇宙。全3巻で完結。

  • 向田 邦子: 霊長類ヒト科動物図鑑

    向田 邦子: 霊長類ヒト科動物図鑑
    文春文庫、540円。あなたや周囲の人たちの素顔を、やわらかな筆でとらえ絶賛を博した、人間観察のエッセイ集。

  • 向田 邦子: 思い出トランプ

    向田 邦子: 思い出トランプ
    新潮文庫、400円。直木賞受賞作の「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」など13編。著者は昭和4(1929)年生まれ、放送作家として活躍後、小説家に転じたが、昭和56(1981)年、台湾旅行中に航空機事故で急逝。

  • 柳田 国男(やなぎた・くにお): 日本の昔話

    柳田 国男(やなぎた・くにお): 日本の昔話
    新潮文庫、362円。藁しべ長者、猿の尾はなぜ短い、など古くから語り伝えられたものまで、民俗学の先達が各地から集めた名著。日本人の原型。

  • 藤沢 周平: 麦屋町昼下がり

    藤沢 周平: 麦屋町昼下がり
    文春文庫、570円。円熟期を迎えた作家の名品3篇、時代小説の芳醇・多彩な味わい。NHK時代劇「花の誇り」の原作を含む。

  • 小林章夫 編: 本を生きる

    小林章夫 編: 本を生きる
    ぎょうせい、1,260円。上智大学OB・OGの作家、翻訳家、学者たち24人の好きな本、人生を変えた本など、本をめぐる旅。

  • 末延 芳晴: 森鴎外と日清・日露戦争

    末延 芳晴: 森鴎外と日清・日露戦争
    平凡社、2,730円。日清・日露の戦争体験から、文学者と軍医の両面をもつ鴎外の心の揺れを浮かび上がらせた迫力ある鴎外論。

  • 加藤 廣: 謎手本忠臣蔵

    加藤 廣: 謎手本忠臣蔵
    新潮社、上巻1,880円、下巻1,785円。日本人は300年間、騙されていた。では、本当の理由とは?(文庫本あり)

  • 橋本 治: 双調平家物語

    橋本 治: 双調平家物語
    中央公論新社、各巻1,680~3,360円。〈1〉序の巻 栄花の巻(1)。栄華という幻想に憑かれた男たちの物語。古代中国の歴史から始まり、楊貴妃も登場する異色の作品構成が面白い。毎日出版文化賞2008。

  • 武良布枝(むら・ぬのえ): ゲゲゲの女房

    武良布枝(むら・ぬのえ): ゲゲゲの女房
    『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるの夫人が、結婚から叙勲までの夫との生活を語る。自然体で鉄の意志を持つ夫を支える妻の「夫唱婦随(ふしょう・ふずい)」の人生の思い出話。

  • 和田 竜: のぼうの城

    和田 竜: のぼうの城
    小学館、1,575円。「のぼう」とは「でくの坊」のこと。秀吉の命令で石田三成が攻めて落とせなかった忍(おし)城の合戦記。テンポが速く、映画を見ているよう。直木賞候補作品。忍城は書評3『幕末下級武士の絵日記』で取り上げた城(現・埼玉県)。文庫版、上下、各480円。

  • 加治 将一: 舞い降りた天皇(すめろぎ)上・下

    加治 将一: 舞い降りた天皇(すめろぎ)上・下
    祥伝社、(上下)各1,680円。「天皇(すめろぎ)」を発明し、女王卑弥呼(ひみこ)を支配した男の正体。『あやつられた竜馬』などに続く歴史ミステリーの第3弾。

  • 森見 登美彦: 有頂天家族

    森見 登美彦: 有頂天家族
    幻冬舎、1,575円。大学教授だった天狗、彼が育てて天狗飛びの術を身につけた美女、親戚同士が争う狸たちが、すべて人間として京都の街に騒動をおこす。四字熟語やら諺やら文語調の言葉やらが乱れ飛んで、限りなく面白く教養を高めてくれる。京都の地図を片手に、もう一度読み返したくなる。著者は京都大学農学部出身の学者兼作家。続刊が待ち遠しい。

  • 杉浦 日向子: 隠居の日向ぼっこ

    杉浦 日向子: 隠居の日向ぼっこ
    新潮文庫、380円。見開きの右ページに著者描いた絵、左ページに随筆を載せた、江戸時代の風物・生活を楽しむ作品。著者は漫画家、随筆家、小説家と活躍したが、平成17年に46歳の若さで他界した。

  • 古川 薫: 斜陽に立つ

    古川 薫: 斜陽に立つ
    毎日新聞社、1,785円。司馬遼太郎の小説で「乃木将軍=無能」とされたのを見て、「乃木さんがあまりにも可哀そうだ」と、著者は乃木に関する誤謬(ごびゅう)を正さんと、渾身の作品を書いた。題名は乃木の詩「旅順郊外斜陽に立つ」から採った。

  • 池田 運(はこぶ)・訳: マハバーラト〈第1巻〉

    池田 運(はこぶ)・訳: マハバーラト〈第1巻〉
    講談社出版サービスセンター、全4巻、各5,250円。古代インドのヒンズー教徒の聖典、世界最長の戦争叙事詩。推定、4世紀に現在の形となる。(Maha Bharata マハー バーラタ)

  • アラン・ワイズマン: 人類が消えた世界

    アラン・ワイズマン: 人類が消えた世界
    鬼澤忍・訳、早川書房、2,100円。人類なきあとの地球は? 最新科学で解き明かす未来図。

  • 小沢 信男: 裸の大将一代記

    小沢 信男: 裸の大将一代記
    筑摩書房、単行本2,310円、ちくま文庫861円。山下清の見た夢。

  • ビートたけし: 菊次郎とさき

    ビートたけし: 菊次郎とさき
    新潮文庫、340円。強烈な思い出を遺して逝った母、人一倍照れ屋の父、珠玉の三篇に兄・北野大が「あとがき」を添える。

  • 呉承恩・原作、斉藤洋・著、広瀬弦・絵: 西遊記 天の巻

    呉承恩・原作、斉藤洋・著、広瀬弦・絵: 西遊記 天の巻
    理論社、1,365円。「地の巻」「水の巻」「仙の巻」「宝の巻」と続く、孫悟空らの活躍。親子で読める世界最強の幻想冒険物語。

  • 蒲 松齢: 聊斎志異 上・下

    蒲 松齢: 聊斎志異 上・下
    立間祥介 訳、岩波文庫、1,680円。神仙、狐、鬼、化け物の話。中国怪異小説の傑作、92篇を精選。

  • 平岩弓枝: 御宿かわせみ

    平岩弓枝: 御宿かわせみ
    文春文庫、500円。奉行所勤めの武士の、剣に優れた弟と宿屋の美人女将との、なかなか結ばれぬ愛と、事件多発の世相の物語。続刊多数。

  • 藤沢周平: 蝉しぐれ

    藤沢周平: 蝉しぐれ
    文春文庫、660円。東北地方の海坂藩下級武士の悲劇と剣と恋と出世の物語。海坂藩とは、著者の故郷鶴岡市周辺を名を変えて表わした。

  • A.コナン・ドイル: シャーロック・ホームズの冒険

    A.コナン・ドイル: シャーロック・ホームズの冒険
    日暮雅通・訳、光文社 新訳シャーロックホームズ全集(文庫)、880円。著者ドイルの最初の短編集。ボヘミアの醜聞、赤毛組合、まだらの紐、など12編。

  • モーリス・ルブラン: 813

    モーリス・ルブラン: 813
    偕成社、大友徳明・訳、正・続1,680円。ドイツとフランスにまたがる大陰謀、怪奇とスリルに満ちた事件の解決に乗り出すルパン。謎の数字8・1・3とは?

  • 高橋義人: グリム童話の世界

    高橋義人: グリム童話の世界
    岩波新書、735円。キリスト教以前の神話・伝承にさかのぼり、民衆の夢と恐怖に迫るメルヘンのルーツ研究。

  • 佐藤春夫: 退屈読本 上・下

    佐藤春夫: 退屈読本 上・下
    冨山房百科文庫、各1,260円。古き、よき時代の、香り横溢するエッセイ集。

  • 遠藤展子: 藤沢周平 父の周辺

    遠藤展子: 藤沢周平 父の周辺
    文藝春秋、1,400円。生涯「普通が一番」と言い続けた父の素顔を、ひとり娘が綴る。

  • 高橋昭男: 漱石と鴎外

    高橋昭男: 漱石と鴎外
    新潮新書、680円。明治時代を代表する漱石と鴎外の知られざる内緒話をどうぞ。斜め読みするだけで楽しい。

  • 小林信彦: うらなり

    小林信彦: うらなり
    文芸春秋、1,200円。夏目漱石の「坊ちゃん」に登場する、気の弱い英語教師の「うらなり」の、その後の人生は?―平凡で穏やかな生き方!!

  • 山田風太郎: 魔界転生―山田風太郎忍法帖

    山田風太郎: 魔界転生―山田風太郎忍法帖
    講談社文庫、上下各790円。魔界からよみがえった名剣士たちを相手に柳生十兵衛が戦う秘剣・魔剣の激闘。左の表紙絵は下巻。

  • 内田百閒: ノラや

    内田百閒: ノラや
    中公文庫、588円。消えてしまったノラ猫を探して英文広告まで出す百閒先生の醜態など、猫の連作14編。

  • 清少納言: 枕草子(上)

    清少納言: 枕草子(上)
    上坂信男ほか訳、講談社学術文庫、1,418円。鋭い観察眼で宮廷生活の光と陰を描き出した。「源氏物語」と並ぶ名作。全3巻。

  • 鴨 長明: 方丈記

    鴨 長明: 方丈記
    安良岡康作・訳、講談社学術文庫、1,050円。孤独・寂寥・窮乏にたえて、閑居生活に真実を見出した。

  • 吉田兼好: 徒然草(一)

    吉田兼好: 徒然草(一)
    三木紀人・訳、講談社学術文庫、1,050円。全4冊、鋭い批評眼が光る代表的古典。第3巻のみ1,150円。

  • 山田風太郎: 人間臨終図巻

    山田風太郎: 人間臨終図巻
    全3巻、徳間文庫、各760円。人間の最後の様子。

  • 藤沢周平: 隠し剣 孤影抄

    藤沢周平: 隠し剣 孤影抄
    「臆病剣松風」など8編を収める短編集。

  • 山田風太郎: 死言状(シゴンジョウ)

    山田風太郎: 死言状(シゴンジョウ)
    小学館文庫、540円。忍法小説の鬼才による死生観。警句あふれる現代の「徒然草」。

  • 池波正太郎: 剣客商売

    池波正太郎: 剣客商売
    文春文庫、各580円。老齢の秋山小兵衛が秘剣を見せる江戸下町の風景。

  • 笹沢佐保: 女無宿人 半身のお紺(全3冊)
    祥伝社文庫、各590円。平手造酒も同行する痛快無比にして悲痛さ漂う作品。
  • バートン・訳: バートン版 千夜一夜物語

    バートン・訳: バートン版 千夜一夜物語
    バートンの英訳本を大場正史・訳、古沢岩美・絵、ちくま文庫(全11巻)、各1,470円。通称『アラビアン・ナイト』、子供向きの童話ではない。

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2014/05/27

グミ老人の本棚 6

20070814_2写真は「花虎の尾」

                    目     次

M. Peter 『英詩訳・百人一首』   阿久 悠 『愛すべき名歌たち』            藤沢周平 『蝉しぐれ』

                  *

英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ  M.ピーター(McMillan Peter)、集英社新書、720円

 本書は英語の題名を "One Hundred Poets,One Poem Each" という。日本文学の翻訳者として有名なドナルド・キーン博士が「もっとも卓越した名訳」と絶賛し、「2008年度日本翻訳文化特別賞」や「日米友好基金 日本文学翻訳賞」を受賞している。訳者は佐々田雅子。1ページに1首の構成で、各ページに挿絵があり、「日本語版のための序論」と「英文原書版の序論」も日本語で載せてある。

(1) D.キーン博士の前書き

 『百人一首』すなわち『小倉百人一首』(おぐら・ひゃくにんいっしゅ)は、日本文学作品のなかで、初めて英語に翻訳(ほんやく)されたが、訳者は英国海軍軍医F.V.ディキンズという若い将校(しょうこう)で、1865年(慶応元年)に東洋事情を伝える英語の雑誌に掲載された。その後、日本の学者を含む何人かによって翻訳が試(こころ)みられたが、いずれも英詩の韻(いん)をふむ形式にとらわれていた。

 『百人一首』の選者(せんじゃ)は藤原定家(ふじわらの・さだいえ)で、選ばれた歌は8世紀の『万葉集』から13世紀の歌集にまで及(およ)ぶ。ピーター・マックミラン訳によって、『百人一首』本来の価値と美が蘇(よみがえ)り、キーン博士は「歌に流れる赤裸(せきら)な感情にも読者は感動をおぼえる。...これは、今までのところ、『小倉百人一首』の、もっとも卓越(たくえつ)した名訳である」と賞賛している。

 グミ老人も一言付け加えたくなった。キーン博士の言葉を紹介しようとして、ちょっと難しい表現になった。『百人一首』そのものが、今の日本人にとっては、まるで外国語のように感じられるだろうが、そんな心配をするよりも、各ページの和歌と翻訳とを見比べながら、秋の夜長(よなが)を長々と過ごしてみては如何(いかが)。

(2)日本語版のための序論(Introduction to the Japanese edition)

 序論はかなり長く、専門的な内容の文章だが、これは翻訳者ピーター・マックミランの心を伝える貴重なご意見だから、ところどころを「つまみ食い」してみよう。グミ老人の戯言(たわごと)と区別するために、番号をつけた。現代の乱れた日本語の中で生きている日本人なら、老いも若きも、「アイルランド生まれの、日本大好きな翻訳者の言葉」に耳を傾けてみよう。

1.古いチェコの格言に「一つの言葉しか知らない者は、一つの人生しか知らない」とあるように、日本の言葉と文化を学ぶことで、わたしは第二の人生と心を与えられたのである。

2.素直(すなお)という概念(がいねん)を重視するのは、日本人の性向(せいこう)の最大の特徴の一つといえるのではないか。

3.お互いの感情を伝えられなくなっている今という時代に、『百人一首』は、新(あら)たな息吹(いぶき)と、新しい問題への昔ながらの解答を提供してくれる。

4.わたしたちが生きている時代は、...商品や富をやみくもに追求(ついきゅう)することが、社会全体の目標になっているようである。

5.文法ではなく、文学の内容そのものの学習を組み入れるよう、文部科学省には教育政策の見直しをしてもらいたいと願うのである。

6.今こそ、日本人は内面に目を向け、日本の魂(たましい)を再発見すべきときではないかという気がする。

7.和歌はいずれもが深く自然に根ざし、その多くは豊かで独創的(どくそうてき)なイメージをはらんでいるために、一千年を経ても、なおみずみずしいということである。

8.ほとんどすべての言葉に幾重(いくえ)もの意味が込められ、その結果として、豊かで濃密(のうみつ)な感情をのぞかせると同時に、高度に知的な技量(ぎりょう)を見せている。

 以上8つの意見を選んだが、あとは本書を手にして、じっくり読んでいただきたい。まるで、日本人の誰かに説教されているような気分になることもあるだろう。なお、本書は新書版だから、文庫本と同様にポケットに入れて気軽に携行(けいこう)できる。『百人一首』の和歌よりも、翻訳した英文のほうが分りやすいと感じる人もいるだろう。

(3)原書版 序論(Introduction to the original edition)

 本書には序論が2つ掲載されている。1つは上に載せた「日本人のための序論」であり、もう1つは「外国人のための序論」である。内容は同じかというと、そうではない。後者は外国人のためとはいえ、今の日本人にも読んでいただきたい内容で、『百人一首の成り立ちについて述べている。日本文学の研究に欠かせない、貴重な内容である。

 そこで、前記の「日本語版のための序論」と同様に、番号をつけて「つまみ食い」してみようと思う。

1.『百人一首』は、七世紀から十二世紀半(なか)ばまでの日本の詩歌(しいか)の簡潔な歴史である。...たとえば、美術においては、主要な版画家(”浮世絵師”)がこぞって『百人一首』にちなんだ作品を描いている。...のみならず、今でも正月に人々が興じる人気のカードゲームになっているし、そのカードは画家や書家に刺激を与えつづけている。

2.宮内庁(くないちょう)の主催のもとに毎年行われる詩歌のコンテストの入選作を新年に詠(よ)みあげる儀式歌会始)...すべて同じ形式をもち、一句目と三句目が五音、その他の句が七音の計五句、三十一音で構成されている。詠まれる主題には、季節、恋、別れ、旅、悲しみなどさまざまなものが含まれている。

3.当初の選集には、歌に前書き詞書、ことばがき)が添えられていたが、定家はそれを省(はぶ)いた。前書きというのは、歌が詠まれた状況について述べたものである。

4.まず、恋の歌への偏(かたよ)りや、妖艶(ようえん、あでやかでロマンティックな情緒)という美の概念の提唱、さらには白という色の愛好など、定家の美学。次に、皇族、宮廷の高官、世襲(せしゅう)の歌人の和歌の尊重である。

5.白を上品、清浄、優美、洗練を象徴する色として定着させるのに定家が果たした役割(やくわり)は認められてよいであろう。...また、白という色は”妖艶”の美の重要な要素にもなっている...『百人一首』には、純白と、雲、霞(かすみ)、霧、月光といった青白い色の光景が数多く見られる。

6.『百人一首』が天皇の治世(ちせい)への賛辞(さんじ)であるのは、すぐに読みとれることである。...平安、鎌倉の貴族の世界では、世襲(せしゅう)、宮廷での地位、歌の力量(りきりょう)は、どれも切り離せないものだったのである。

7.『百人一首』には、八人の天皇の歌が含まれている。八という数字は、中国と日本の文化の中では吉兆(きっちょう)を示す数字である。...この文字は、始めも終わりもない開かれた意味をあらわす。...”八”の文字は末広(すえひろ)がりという、子々孫々(ししそんぞん)にわたっての家の繁栄をあらわしてもいる。おそらく、天皇の治世が長く続くことを願うという意味が込められているのであろう。

8.こうしてみると、そこは貴族、エリート、上流人士ばかりの世界であった。...連歌の達人、宗祇(そうぎ)は、和歌の世界で受け入れられないことに深い挫折感(ざせつかん)を抱(いだ)いていた。...俳句は、連歌の冒頭(ぼうとう)の句(発句、ほっく)から発展したものである。芭蕉(ばしょう)は、和歌と連歌の巨匠(きょしょう)、西行(さいぎょう)と宗祇を自(みずか)らの師と認めている。

 「序論」からの引用(いんよう)は、これで終わりにしよう。著者のマックミラン・ピーターは学識豊かな人である。彼は2年間の研究のための有給休暇の折(おり)に、プリンストン、コロンビア、オックスフォードの各大学で日本の古典を学び、20年間の日本滞在中には、杏林(きょうりん)大学の松田理事長夫妻の世話になり、コロンビア大学では、ドナルド・キーン教授とともに研究する幸運に恵まれた。その他多くの有識者の協力を得て、本書は日の目を見ることとなった。母は作家であり、父は美術商で、著者本人は父母のよいところを受け継いだと書いている。

(4)英詩訳 百人一首

 ここが本書の中心となる部分である。しかし、「英詩訳」のすべてを紹介するわけにはいかない。そこで、四つだけ例として取り上げようと思う。もちろんグミ老人が勝手に選んだもので、何の他意もない。なお、英文の斜線(/)は行が変わることを示している。日本語の和歌の斜線は読みやすくしただけのもの。

1.小野小町(おのの・こまち): 奈良~平安時代の伝説的歌人、絶世の美女といわれるが確かなことは不明。 

 花の色は / うつりにけりな / いたづらに / わが身世にふる / ながめせしまに

 A life in vain, / My looks, talents faded / like these cherry blossoms / paling in the endless rains / that I gaze out upon, alone.

 in vain 無駄に、むなしく  talents 才能、天賦(てんぷ)の才  cherry blossoms 桜  pale (顔が)青くなる、色あせる  endless 絶え間ない  gaze out upon (外を)じっと見つめる  alone 1人きりで

2.安倍仲麻呂(あべの・なかまろ): 奈良時代の遣唐留学生、唐の官吏となる。海難に遭い帰国を果たせず。

 (あま)の原 / ふりさけ見れば / 春日(かすが)なる / 三笠の山に / (い)でし月かも

 When I look up / into the vast sky tonight, / is it the same moon / that I saw rising / from behind Mt. Mikasa / at Kasuga Shrine / all those years ago?

 look up 見上げる  vast 広大な  saw rising 昇るのを見ていた  behind 後ろから  Mt. Mikasa 三笠山  Kasuga Shrine 春日大社   all those years ago あの昔の日々に

3.紀貫之(きの・つらゆき): 平安時代の官吏、『古今集(こきんしゅう)』撰集(せんしゅう)の中心となり、仮名序(かなじょ)を執筆。

 人はいさ / 心も知らず / ふるさとは / 花ぞ昔の / (か)ににほひける

 Have you changed? / I cannot read your heart. / But at least I know / that here in my old home / as always the plum blossom / blooms with fragrance / of the past.

 change 変わる、心変わりする  read your heart あなたの心を見抜く  at last ついに、とうとう  my old home 懐かしい我が家  as always いつものように  plum blossom 梅の花  booms 咲いている  with fragrance 良い香りで  of the past 昔のままの 

 やっと、ここまで書き終えた。何ヶ月も、ただ考えるだけの日々が続き、ふと思い立ってから4日かかった。こんな辛(つら)い思いをしたのは、グミ老人を名乗って以来初めてである。しかし、英訳の和歌を取り上げる段になって、何かホッとするものがあった。まさに名訳である。今は、和歌が私を苦しみから救ってくれたように思っている。さあ、いつものように、ちょっと昼寝をしよう。今年77歳の私の活力の源(みなもと)は昼寝だから。

4.柿本人麻呂(かきのもとの・ひとまろ): 飛鳥時代の官吏、三十六歌仙の一人。

 足引(あしびき) / 山鳥の尾の / しだり尾の / ながながし夜を / ひとりかも寝む

※ 「足引きの」は、山や峰の前につける枕詞(まくら・ことば)で、訳さない。古代には、「あしひきの」と濁らず、「足が引きつる」の意であったという。また、足を葦(あし)と書く例もあった。

  1.     The        the その、あの(普通、訳さない)
  2.     long        long 長い
  3.     tail         tail  (鳥や獣の)尾
  4.     of         of  ...の
  5.     the
  6.     copper       copper pheasant  山鳥(やまどり)
  7.     pheasant     pheasant 雉(きじ)、copper 銅、銅色
  8.     trails―       trail 引きずる、尾を引く
  9.     drags       drag 引きずる〔drug (薬)ではない〕
  10.     on
  11.     and        on and on どんどん、しきりに、ずっと
  12.     on
  13.     like         like  ...のように、...のような 
  14.     this         this  この、こんなに
  15.     long        long   長い
  16.     night        night   夜
  17.     in          in ...の中で、...で           
  18.     the
  19.     lonely       lonely 孤独の、人里離れた、寂しい
  20.     mountains    moutains 山々
  21.     where       where (そこは、そこでは)
  22.     like          like ...のように
  23.     that         that  あの、その
  24.     bird         bird 鳥
  25.     I           I 私、われ
  26.     too         too ...も、もまた
  27.     must        must ...ねばならない
  28.     sleep        sleep 眠っている、眠って過ごす
  29.     without        without ...なしで、...を連れないで
  30.     my          my  私の、わが...
  31.     love          love 恋人、愛人(普通は女性をさす)

 これはまた、英詩としては破格の形である。山鳥の尾の長いのを詩の形に表わしたものだが、恋人のいない長い夜を連想させる「新しい英訳」といってよい。日本語は本来縦書きだから驚かないが、本来横書きの英語を縦に並べたら、誰でも驚いたり異議を唱えたりするだろう。それを敢えてするとは、この著者は只者ではない。恐らく世界最初の縦書き英語だろう。ところで私は、「ちょっと昼寝を」と書いてから、ずいぶん長い昼寝になった。この英詩訳に番号をつけたのは、語数を調べるよすがにと考えたからである(?)。

【2009.9.10.記 9.11.追記、2010.4.10.追記】

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20091030  写真は庭の小菊

愛すべき名歌たち』― ―私的歌謡曲史 阿久 悠、岩波新書、1999発行、2009アンコール復刊、819円(税込)

 著者はすでに、この世にないが、それ故に本書を読んでみたくなったと言っても過言ではない。内容は歌謡曲と共に生きた「自分史」といってよく、目次は著者の一生を振り返るが如く詳細である。まず、その目次を紹介しよう。

 〈戦後という時代の手ざわり(1940~1954) 幼年時代、高校まで   

 都会の響きと匂い(1955~1964) 大学時代、広告の世界で   

 時代の変化を感じながら(1964~1971) 放送作家時代、遅れて来た作詞家   

 競いあうソングたち(1971~1975) フリー作家の時代、新感覚をめざして   

 時代に贈る歌(1976~1989) 歌の黄金時代   

あとがき 

 著者の本名は深田公之、1937(昭和12)年生まれ、2007(平成19)年没、父は警察官(著者の幼少年期は駐在所勤務)、兄弟は兄一人。ということは、グミ老人より5年遅く生まれたのだが、テレビで見る「阿久 悠」の顔は、厳しく、優しい雰囲気(ふんいき)を漂(ただよ)わせていて、今でも忘れることができない。さて、これから著者の選んだ歌のうち、戦後まもなくのころまでの数種を選んで、ご紹介しよう。

昭和15年(1940): 高峰三枝子 歌湖畔の宿(佐藤惣之助 作詞、服部良一 作曲)

 兄は、17歳で海軍に志願し、19歳で戦死した。兄の遺品は神戸へ行って買って来たレコード1枚で、高峰三枝子の歌う「湖畔(こはん)の宿(やど)」であった。兄はポータブル蓄音機(ちくおんき)で、その歌を何度も何度も聴いていた。(著者の文を引用するときは「 」を使ってグミ老人の文と区別した)

「兄が出征(しゅっせい)した後、ぼくは、その「湖畔の宿」をよく聴いた。特に兄をしのんでという思いでもなかったが、いかにも麗人(れいじん)が歌っていると感じられる哀調(あいちょう)が、それなりに心地よかったのであろう...三番の歌詞の終りの、

 ひとり占うトランプの 青い女王(クイン)のさびしさよ...

が特に好きであった」 と著者は書いている。ページの左上に、高峰三枝子の美しい顔写真が載っている。そのレコードには、

「兄が遺(のこ)していった物という意識があって、時々妙に哀(かな)しくなって泣いた。

 山の淋(さび)しい湖に ひとり来たのも 悲しい心...」 

 このとき、ふと思ったのだが、作詞家の文章というのは、何とも言えない寂(さび)しさを漂(ただよ)わせた美しい文章だ、ということ。グミ老人の手元には、戦後の歌謡曲集があるが、それ以前のものはない。歌を全部読み返してみたいが、それができない。ところが、テレビで放送した古い歌謡曲集をビデオにとってあるので、祭囃子(まつり・ばやし)と歌謡曲が大好きな息子が聴いているときに、私もそばに座って聴いている。これが、太平洋戦争が始まる前年に発表された歌と分った時は驚いた。戦争中は、軍歌はよいが艶歌(えんか)はダメ、という風潮があったからだ。

昭和22年(1947): 平野愛子 歌港が見える丘(東 辰三 作詞・作曲)

 著者の懐古談を引用しよう。

「その頃、まだまだ熱中するものを持たないぼくらは、このようにブラブラとして、特に小高い山に登ってみたりすることがよくあったが、...

 あなたと二人で来た丘は 港が見える丘 / 色あせた桜唯一つ 淋しく 咲いていた...

 特に、後半の、

 チラリホラリと花片(はなびら) あなたと私に降りかかる...

のところが気持ちよく、チラリホラリとなると全員大合唱となるのが常であった。学校は男女共学となり、...何しろ、戦争中は、女組の教室の前に立ち止まっただけで、不埒(ふらち)だと殴(なぐ)られていたのである。急には、仲良きことは美しきかな、にはなれないのである。...平野愛子の歌う声は、ブルースのようにけだるく寒々しく、頽廃的(たいはいてき)で、ぼくらはアブナイ歌の中に分類していた。」

 グミ老人は、この歌を知ったころ、高校を終えて大学生になっていた。東海道線に平行して京浜東北線の電車が走っていて、私は当時終点の桜木町駅で降りて、家族が住んでいる鎌倉の家から一人横浜へ抜け出して、丘の中腹の貸家(かしや)で仕事をしていた叔父(父の弟)のところを時々訪ねた。鯨(くじら)の刺身(さしみ)という妙なものを食べたが、意外に美味しかったことを、いまでも思い出す。そして、時には、帰りに、ちょっと横にそれて丘の上にのぼり横浜の港を眺めたりしたが、何の感興(かんきょう)も湧(わ)かなかった。ただ、ふと心に浮かんでくるのは「港が見える丘」であった。著者 阿久 悠よりも遅れて知った歌だけれども、老年になった今も、若者をひきつけた平野愛子の歌声は忘れられない。この歌は1番から3番まであるが、次に、歌詞の1番だけを省略しないで紹介しておこう。

 あなたと二人で 来た丘は / 港が見える丘  色あせた桜 / ただ一つ淋しく 咲いていた / 船の汽笛 むせび泣けば / チラリホラリと 花びら / 貴方(あなた)と私にふりかかる / 春の午後でした 〔『日本のうた 第3集(昭和21~40年)』(野ばら社 1998初版)〕

昭和24年(1949): 三条町子 歌 かりそめの恋(高橋掬太郎 作詞、飯田三郎 作曲)

 ここは、いきなり著者の言葉から始まる。

  「夜の銀座は七いろネオン 誰にあげよか (くちびる) / かりそめの恋 ああ 虹の恋...

 この歌ほど艶(なま)めいて聞こえた歌はない。そろそろ思春期(ししゅんき)にさしかかっていたから、誰にあげよか唇を、の意味も理解出来ていて、何ともあやしげな気分になった。」

 この歌の解説は、これでやめておく。本書を読めば、普段の会話では言えそうもないことが堂々と書いてあって、恥ずかしい気持など忘れてしまう。歌で「七いろネオン」と聴くだけで、銀座の夜が目の前にキラメキ出す。男たちをもてなして生活の糧(かて)を得ている、爪を赤く染めた女たちは、どんな辛(つら)い思いを重ね、どんな夢を描(えが)いていたのだろう。ところで、こでも1番の歌詞を省略なしで示しておこう。グミ老人には、最後の「ふと触れ合うた指かなし」が、何ともいえない、甘(あま)く哀(かな)しい言葉に聞こえた。

 夜の銀座は 七いろネオン / 誰にあげよか 唇を / かりそめの恋 ああ虹の恋 / ふと触(ふ)れ合(お)うた / (ゆび)かなし 〔『日本のうた 第3集(昭和21~40年)』(野ばら社 1998初版)〕

 本書の内容案内は、このくらいにしておこう。なにしろ、100の歌について書いているのだから、グミ老人如きが、内容案内を始めたと思ったら終りになった、と言われても仕方ない。あとは、この本を折(おり)に触れて読み返してみるとよい。世に「速読術」なるものがあるが、この本に関しては、無用の長物(ちょうぶつ)でしかない。これは、ゆっくり読む本である。

付 録 昭和22年(1947) 菊池章子 歌 星の流れに(清水みのる 作詞、利根一郎 作曲) 

 本書に載っていないが気になる歌が一つある。それが上記の『星の流れに』である。かつて毎日新聞の記事を読んで、歌の成り立ちを知り、ビデオで聴(き)いて感動し、たちまち忘れられなくなった歌で、実は高校時代から、妙に頭の隅に引っかかっていた歌であった。なぜ著者は、この歌を除いたのか。それは著者のつごうによることだから、文句は言えない。

 戦後の苦しい時期に、赤子(あかご)を背負って放浪(ほうろう)し、わが身を行きずりの男に捧げて食を得て、生き続けた女の手紙が毎日新聞社に届いた。それを元(もと)にして作詞・作曲し、『こんな女に誰がした』という題をつけて発表しようとしたが、時は昭和22年、アメリカ軍の占領下にあり、題名を見て発表禁止となる恐れがあったので、最初の行の『星の流れに』を題名として、無事公開できたという。この歌を聴くと、戦後のドサクサの中で必死に生きようとした若い母親が哀(あわ)れでならない。その歌が劇場で発表されると、占領軍の若い兵士たちに身を売って生きていた女たちが、一人二人と、歌を聴きに集まってきて涙を流し、終ると楽屋口(がくやぐち)に女たちが待っていて、歌手の菊池章子に花束を捧げ、「お姉さん、よく歌ってくれました、ありがとう」と言って泣いたという。彼女たちは「赤線(あかせん)の女」と呼ばれて蔑(さげす)まれていた。赤線とは、辞書によれば、「営業許可を得た売春目的の特殊飲食店が集まっていた地域」(『新明解国語辞典』三省堂)のことで、地図に赤線を引いて他と区別していた。赤線は昭和32年(1957)に廃止された。今回、グミ老人からの付録として、次に、『星の流れに』を、1番から3番まで全部を載せることにした。

 この歌は、田村泰次郎の小説『肉体の門』がペストセラーとなり、映画化されたときの主題歌で、一世を風靡(ふうび)した。

1.星の流れに 身を占(うらな)って / どこをねぐらの 今日の宿(やど) / すさむ心で いるのじゃないが / 泣けて涙も (か)れはてた / こんな女に (たれ)がした

2.煙草(たばこ)ふかして 口笛(くちぶえ)ふいて / あてもない夜(よ) さすらいに / 人は見返(みかえ) わが身は細(ほそ) / 町の灯影(ほかげ) わびしさよ / こんな女に 誰がした

3.(う)えて今頃 はどこに / 一目(ひとめ)(あ)いたい お母さん / ルージュ哀(かな)しや (くちびる)かめば / (やみ)の夜風(よかぜ) 泣いて吹く / こんな女に 誰がした 〔『日本のうた 第3集(昭和21~40年)』(野ばら社 1998初版)〕

 ルージュとは、フランス語で rouge 、「赤い、赤い色、口紅(くちべに)」の意(『ジュネス仏和辞典』大修館書店)。赤子を背負って流浪(るろう)した若い母は、赤線の女になったのだろうか。もう、これ以上、追求(ついきゅう)したくない。グミ老人は、まだこの歌の制作事情を知らなかった学生時代に、友だち三人と川崎の夜の暗い町をぶらついていて、夜の女たちに腕をつかまれ、振り払ったことがある。そんなに邪険(じゃけん)にしなくてもよかったのにと、今頃になって後悔(こうかい)している。

【2009.11.1. 記、11.3. 修正・加筆】

愛すべき名歌たち (岩波新書)

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200912_02_6 写真は公孫樹(いちょう)

蝉 し ぐ れ  藤沢周平、文春文庫、700円(税込)

 本書は2年前に買って、書棚に置いたままになっていたのを、今頃になって、やっと読み終わった。テレビ映画を見て、その印象が薄れるのを待って、原書の紹介を書こうと考えたからである。

 普通、映画と原作とでは、表現の内容が違っている。私は、原作を読まずに映画だけで内容を云々(うんぬん)するのは間違っていると思っている。だから、ここでは、原作中心に、主人公の親しい友や重要人物や風景などを調べ、映画と違っている部分も紹介してみることにした。これは、「言うは易(やす)く行(おこな)うは難(かた)し」の作業だ。

1.海坂藩  著者

 作品中の海坂藩(うなさか・はん)とは、現在の東北地方、山形県鶴岡市にあった庄内藩(しょうない・はん)のことで、小説『蝉しぐれ』の著者である藤沢周平の生地。なお、藤沢周平はペンネームで、本名は小菅留治(こすげ・とめじ)。昭和2年(1927)生まれ。若い頃は中学校の教師で、肺結核に罹(かか)って、ながい療養所生活を送った。結核の手術の際の輸血で肝炎に感染、一生悩まされた。学歴は(旧制)山形師範学校卒。直木賞、吉川英治文学賞、菊池寛賞、朝日賞、東京都文化賞、紫綬褒章を受賞。平成9年(1997)1月、逝去、墓地は東京都八王子市。藤沢周平全集(全25巻)は文芸春秋刊。長女の遠藤展子(のぶこ)著『藤沢周平 父の周辺』に、著者の人柄が見事に描かれている。

2.文四郎  ふく

 海坂藩普請組(ふしん・ぐみ)の組屋敷の裏を小川が流れている。水は澄(す)んでいて、ここで顔を洗う者もいる。屋敷は、30石(こく)以下の者が住んでいるから建物は小さいが、庭は城下(じょうか)はずれのせいか250から300坪(990㎡)ほどもあり、隣家との境(さかい)には樹木を植え、あまった土地は菜園などに利用している。小川に沿って並ぶ家々の一軒が牧家(まき・け)で、主人の名は助左衛門(すけざえもん)、文四郎(ぶんしろう)は養子である。隣家の娘にふく」という名の娘がいる。文四郎は小川で洗い物をしていた「ふく」が毒蛇に指をかまれたのを見て、低い垣根を飛び越えて「ふく」のそばへ行き、傷口を吸って毒を除き、「ふく」を家に帰してから、その蛇をさがして殺した。このとき「ふく」は12歳だった。その他の交際といえば、祭の日に「ふく」の母親に頼まれて、文四郎が「ふく」を連れて行き、飴(あめ)を買ってやったぐらいのことである。しかし、この二人が小説の中では中心人物となる。深く交際する仲ではないが、二人の心の中で最後まで忘れ得ぬ存在となって物語が進行するのである。映画では、文四郎が蛇を探して殺す場面はなかったように思う。ここで、ちょっと、文四郎と「ふく」の様子を小説から引用してみよう。

「文四郎が川べりに出ると、隣家の娘ふくが物を洗っていた。「おはよう」と文四郎は言った。その声でふくはちらと文四郎を振りむき、膝(ひざ)をのばして頭をさげたが声は出さなかった。今度は文四郎から顔をかくすように身体の向きを変えてうずくまった。ふくの白い顔が見えなくなり、かわりにぷくりと膨(ふく)らんだ臀(しり)がこちらにむいている。――ふむ。文四郎はにが笑いした。」

3.逸平  与之助

 一年ほど前から、「ふく」の態度が変わったのである。文四郎には心あたりがなかった。親友の大和田逸平(おおわだ・いっぺい)に聞くと、彼は「そんなことは考えるまでもない。娘が色気(いろけ)づいたのよ」と言った。そして、もう一人の親友島崎与之助(しまざき・よのすけ)に「色気づく」の意味を分らせるのに、文四郎は逸平と一緒に大汗をかいた。

 逸平は文四郎より一つ上だが、すでに元服(げんぷく)を済ませ、身体も大きい。しかし、学問も剣の修行も中途半端(ちゅうと・はんぱ)な大家(たいけ)のお坊ちゃんである。与之助はひ弱な感じで、剣はまるでだめだが、学問では群を抜き一番弟子(でし)で、師匠の勧(すす)めで江戸の有名な学問所へ行き、友人二人に江戸の殿様屋敷の内情を知らせてくる。一方、逸平は、真面目な文四郎と与之助を誘(さそ)って歓楽街で酒をのむことを教えたりした。なお、三人の若者たちの中で、剣にかけては文四郎が飛びぬけて優れていた。道場で竹刀(しない)や木刀を持っての練習の場面が、かなり多い。さて、話は変わるが、祭の夜に与之助が虐(いじ)められているのを、逸平と文四郎が助けに行って、悪童どもと殴りあう場面を、原作から紹介しよう。映画では、刀を抜いて切りかかる相手を、文四郎が木切れで打ち据えるのだが、藩士の子弟がイジメや喧嘩で刀を抜くなど許されることではない。

「二人は普通の足どりで近づいて行った。そして近づくにしたがって与之助がどうなったかがわかった。二人に気づいたらしく、じっと立ったままこちらを見ている男たちから三間ほどはなれた地面に、黒い丸太のようなものが倒れている。むろん与之助に違いなかった。文四郎と逸平は、小刀(しょうとう)を腰からはずすと柳の根元に置いた。」

4.義父 の 処刑

 農民に信頼されていた義父助左衛門が、二人の家老たちの派閥争いに巻き込まれ、責任をとって、他の多数の者と同様に捕らえられ、切腹を命じられた。文四郎は呼び出されて、処刑直前の義父に会い、遺骸(いがい)を借りてきた重い荷車にのせて運んだ。途中に、近道だが緩(ゆる)い坂道があり、体力の限界に近い状態で登る時、いつの間にか友人の杉内が車の後ろから押してくれた。登りきって二人とも精魂(せいこん)尽(つ)き果てた時、「ふく」が駆け寄ってきて遺体に手を合わせ、涙を流しながら車の梶棒(かじぼう)を引いてくれた。映画では、坂道は急坂(きゅうはん)に見える。それに、杉内の姿がない。「ふく」は坂を駆け下りてきて文四郎と二人で車を引いた。映画は、どこまで観客を騙(だま)すつもりか。それとも、こうでもしなければ、観客は納得(なっとく)しないのか。

 文四郎の住居は城下の外(はず)れの葺屋町(ふきや・ちょう)の長屋(ながや)に移された。長屋は七軒ずつの二棟(むね)で、半分が空き家で誰が住んでいるのか分らない状態だった。家禄(かろく)は四分の三に減じられ、文四郎の部屋は三畳の居間兼寝室であった。月日が過ぎて、いつになったら最終処分が出るか分らぬと思っていたとき、文四郎に家老の里村から呼び出しがあり、「牧文四郎を旧禄に服し、郡(こおり)奉行(ぶぎょう)支配を命ぜられること」と言われた。支配とは奉行の部下になって働けということである。しかも、それは二年後、文四郎が二十歳になってからである。禄高(ろくだか)は二十八石二人扶持(ぶち)に戻されたが、家老の里村の好意は「(わな)」ではないか。油断はできなかった。文四郎の仕事は、村々を廻って稲の育ちや米の出来高や山の状態を調べることである。なお、「ふくの生家は、八十石の御蔵方(おくらかた)勤めとなり、立派な家に移転した。「ふく」に殿様のお手がついたからだという。それを聞いた文四郎の気持を、次に、原作から引用しよう。

「しかしその言(げん)は、つぎの瞬間何の苦もなく腑(ふ)に落ちて、文四郎の頭の中で音立ててはじけた。文四郎は目の前が真白(まっしろ)になったような気がした。.....蛇に噛まれたふく、夜祭りで水飴(みずあめ)をなめていたふく、借りた米を袖(そで)にかくしたふく。...それらは突然に、文四郎の手のとどかないところに遠ざかってしまったのである。」 原作の途中を省略したときは、「...」(点々)で表わした。以下、同じ。

 「ふくは江戸へ行く前に、文四郎の長屋を訪ね、「私をお嫁にもらって」と言おうとしたのだが、その時は文四郎が外出中で会えなかった。「ふく」が来たことを母から聞いた文四郎の行動は、最後の「6.風景描写」の項の2番目に取り上げてある。

5.秘剣村雨  刺客

 熊野神社の奉納試合で、文四郎は強敵に勝った。或る日の夜、文四郎は師匠の石栗弥左衛門(いしぐり・やざえもん)に呼ばれ、秘剣村雨(ひけん・むささめ)の伝授について話を聞いた。師匠は老齢のため、石栗道場で唯一人(ただひとり)の秘剣継承者である加治織部正(かじ・おりべのしょう)から伝授を受けよ、との話であった。織部正は藩主の叔父で、かつての名家老であった。その夜、文四郎は織部正から、義父助左衛門らが死罪となった事件の真相を聞いた。その後で、秘剣の伝授には七夜を要すると言われ、まず「秘剣村雨一ノ型」が示された。その様子を原作から引用しよう。

「文四郎の胸に衝撃(しょうげき)が走った。織部正の構えが想像を絶したものだったからである。織部正の右手の木剣は八双(はっそう)の位置で天を指していたが、左腕は軽く前方にのびて何かの舞(まい)の型に見えた。」

 映画では、秘剣伝授の場面は手軽で派手だが、扇子(せんす)一本で文四郎に秘伝を伝授する映画の場面は、原作では師匠が文四郎の腕を確かめる場面である。水で身を清め衣服を替えての秘伝の伝授に七夜かかるなどとは、私には想像も出来なかった。この場面は、小説の中ほどに書かれている。刺客(しかく)との決闘(けっとう)は小説の終りごろにある。どちらの場面も、映画では派手で、剣術を知らない現代人を騙(だま)すマヤカシに見えた。さて、原作から、刺客との決闘の正確な描写を引用しよう。

「気配(けはい)に振りむいたときは、男の黒い姿は数間(すうけん)の距離にせまり、手は抜きはなった白刃(はくじん)を下げていた。男はゆっくり歩いて来る。とっさに刀を抜いたものの、文四郎はそのまま後にさがるほかはなかった。...男がはじめて足をとめた。と見る間もなく男は疾風(しっぷう)の勢いで斬りこんで来たが、文四郎はその刀を辛(かろ)うじてはねることが出来た。男が足をとめたのが一瞬の隙(すき)だった。その隙に乗じて文四郎は村雨剣の受けの太刀(たち)に構えることが出来たのである。それでも文四郎は肩に傷を負(お)った。しかしつぎに打ち合ったときには、文四郎の太刀が一瞬はやかった。」

 海坂藩では、二人の家老(かろう)の対立があったことは前にも述べたが、殿様の意思に反して、「ふく」とは別の側室(そくしつ)の子を擁立(ようりつ)して藩政(はんせい)を欲しいままにしようとする里村派と、それに反対する横山派の争いが、まだ続いていた。文四郎は逸平と共に、殿様の寵愛(ちょうあい)を一身に受けている「お福さま」母子の帰郷後の危難を救うために、命がけの大活躍をし、母子を家老の横山邸に預けた。文四郎は里村の屋敷に乗り込んで、里村との縁を切る。その後、月日がたって、文四郎を襲った刺客は、追放された家老の里村が放った男だった。すでに、刺客に気をつけるよう、親友の逸平が教えてくれていたのだった。

 この決闘のあとに、「蝉しぐれ」という題名の最終章があって、義父の名の助左衛門を名乗って妻帯し、郡奉行(こおりぶぎょう)となっていた文四郎は、「お福さま」からの連絡を受け、城出入りの呉服商の海辺(うみべ)近くの湯宿(ゆ・やど)で「お福さま」と会い、町駕篭(まち・かご)に乗ってお城に帰る「お福さま」を、馬の轡(くつわ)を執りながら静かに見送って、小説は終る。「お福さま」は尼(あま)になるとのことだった。映画では、この場面も原作との違和感があり、大袈裟(おおげさ)である。

6.風 景 描 写

 最後に、いくつもある風景描写を二つ三つ紹介して、終わりとしよう。

(1)文四郎が家の脇を流れる小川で顔を洗ったとき:

「いちめんの青い田圃(たんぼ)は早朝の日射しをうけて赤らんでいるが、はるか遠くの青黒い村落の森と接するあたりには、まだ夜の名残の霧が残っていた。じっと動かない霧も、朝の光をうけてかすかに赤らんで見える。そしてこの早い時刻に、もう田圃を見回っている人間がいた。黒い人影は膝の上あたりまで稲に埋もれながら、ゆっくり遠ざかって行く。頭上の欅(けやき)の葉かげのあたりでにいにい蝉が鳴いている。」

(2)「ふくが江戸へ行く前に文四郎を訪ねて会えなかったとき:

「いっさんに走って、ふくが帰りそうな道をさがした。そしてあげくは川岸の道まで行ってみたが、ふくの姿は見あたらなかった。...文四郎は橋をわたって、五間川のむこう岸まで行ってみた。そこにもふくの姿は見えなかった。...――しまったな、と思った。...文四郎は五間川の下流の方に歩いて行った。やがて町を抜けて、川の土手に出た。日は落ちてしまって、白っぽい光が野を覆っていた。遠くに火を焚(た)く煙が立ちのぼり、その下に赤い火が見え隠れするのも見えている。――江戸に行くのか、と文四郎は思った。」

(3)文四郎が長屋を出て、組屋敷(くみやしき)に移った頃

「見ると空は半(なか)ばは晴れて、西空には間もなく暮れようとする日があり、その日射しは城の木立の肩口のあたりから斜めに町にさしこんでいるのだった。表通りの片側は、軒下(のきした)にはやくも青白い暮色(ぼしょく)がただよい、片側は低い屋根、黒くよごれた羽目板(はめいた)、ねずみいろの障子(しょうじ)などに、燃え立つように赤い日の光をうけて、際立(きわだ)った対照を見せていた。道を歩いて行くと、立ちこめている木の香(か)が匂い、両側の家々から檜物細工(ひのきもの・ざいく)の物音が聞こえて来た。――縁談(えんだん)か。文四郎は、甲高(かんだか)い上原の妻女の声を思い出していた。...文四郎は十九になった。来春から郷方(ごうかた)勤めに出ることも決まっている。」

【2009.12.7.~12.13. 記 12.16. 修正、加筆】

蝉しぐれ (文春文庫)

蝉しぐれ (文春文庫)
価格:¥ 700(税込)
発売日:1991-07

藤沢周平 著

普通サイズ(1,600円)もある。

 

 

 

2011/12/09

グミ老人の本棚10

20111104 写真は紫式部(むらさき・しきぶ)

           目     次

平岩弓枝『平安妖異伝』   『大往生したけりゃ医療とかかわるな』

平安妖異伝 平岩弓枝・著、折井宏光・挿絵、島内景二・解説、新潮文庫、540円

 平安時代の有名人といえば、次の和歌で知られる貴族の藤原道長(ふじわらの・みちなが)を第一として間違いなかろう。

 この世をば 我が世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠(か)けたることも なしと思へば

 この物語の主人公は若き日の道長と、彼を影で助ける少年楽師の秦真比呂(はたの・まひろ)である。物語の場所は平安京の大内裏(だいだいり)とその付近で、帝(みかど=天皇)や公家(くげ)や家来(けらい)たちが登場する。千年昔の京都の地図が手元にあれば便利だ。多くの建物や門や道路の配置が、理解を助けてくれるに違いない。なお、難しい人名や楽器などがたびたび出て来るが、幸いにも、著者が丁寧にフリガナをつけてくれているので助かる。

 時代は平安だが、『源氏物語』の紫式部や『枕草子(まくらのそうし)』の清少納言が登場する以前である。道長の片腕ともいうべき真比呂の出自(しゅつじ=家柄など)は、はっきりしない。道長が危難に遭(あ)う時は、真比呂が、いつの間にか、そばにいる。あるいは、妖怪を退治する楽器を道長に持たせている。

 私は続編の『道長の冒険』も読んだが、内容は簡単に言えば、根の国と、その国王・無明王と対決する道長らの活躍で、ここでも楽器や音楽が重要な役割を担(にな)っている。解説者の島内景二氏の言葉を借りれば、「もし、『平安妖異伝』の続編が書き継がれてシリーズ化すれば、今までにない、まったく別のタイプの王朝怪奇捕物帖を、読者は娯(たの)しめることになるだろう。」

 さて、これから、『平安妖異伝』の目次を紹介して行くとしよう。10編の短編であるから、解説は省略する。短編とはいえ、非常に内容の濃い作品である。読んでいて、私の心は遠い昔の平安時代に飛んでいた。あの頃ならば、どんな怪異があっても不思議でないと思った。

1. 目   次

 花と楽人(がくじん)   源頼光(みなもとの・よりみつ)の姫   樹下(じゅか)美人   孔雀(くじゃく)に乗った女   狛笛(こまぶえ)を吹く女   催馬楽(さいばら)を歌う男   狛麿(こままろ)の鼓(つづみ)   蛙人(あじん)   象太鼓(ぞうだいこ)   春の館(やかた)     

2. 蛙 人

 私が最も怪異を感じたのは、「蛙人(あじん)」であった。

 四天王寺(してんのうじ)は広大な敷地のなかにあり、樹木が多く、小道は落ち葉で濡れていた。月が雲から出ていたが、雨上がりの夜道は暗かった。一人の楽人が歩いていると、異様なものを踏んだ感触があり、見ると蟇(ひき)だった。これは蛙の仲間だが薄気味悪い。

 蟇を蹴飛ばそうとすると、その口から白い液体が飛んで、楽人の顔にあたった。楽人は腹がふくらんで、医師の手当もむなしく死んだ。次に襲われたのは若い僧で、次には老人が犠牲になった。

 話は、次第に複雑になっていく。何やら分からぬ被害が天皇(みかど)の御住所のあたりにまで及んだ。ここまでにしておこう。怪異を解決したのは、言うまでもなく、道長と真比呂であった。あとは、直接、『平安妖異伝』を読んでいただきたい。

平安妖異伝 (新潮文庫) 平安妖異伝 (新潮文庫)
価格:¥ 540(税込)
発売日:2002-09

【2011.12.9.~2012.3.16.】

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』 中村仁一・著、幻冬舎新書、798円。

 著者は(社福)老人ホームの診療所長・医師。いずれ、こういう本が出るだろうと思っていたが、遂に出た。今の人間は長生きにコダワリ過ぎる。そのため、医療にたよって止むことを知らない。そういう人たちは、この本を通読でも熟読でもして、人生についてよく考えるとよい。

1.目   次

第一章 医療が“穏やかな死”を邪魔している

  • 医療に対する思い込み
  • 「あなたは確実にこうなる」と断言する医者は とんでもないハッタリ屋
  • 本人に治せないものを、他人である医者に治せるはずがない
  • ワクチンを打ってもインフルエンザにはかかる
  • 解熱剤で熱を下げると、治りは遅れる
  • 鼻汁や咳を薬で抑えるのは誤り
  • 「自然死」の年寄りはごくわずか
  • 介護の"拷問”を受けないと、死なせてもらえない

第二章 「できるだけの手を尽くす」は「できる限り苦しめる」

  • 「お前なんか、そうやすやすと死ねんからな」
  • 極限状態では痛みを感じない
  • 「自然死」のしくみとは
  • 家族の事情で親を生かすな
  • 食べないから死ぬのではない、「死に時」が来たから食べないのだ
  • “年のせい”と割り切った方が楽
  • 「看取らせること」が年寄りの最後の務め
  • 死ぬ時のためのトレーニング
  • <その他、省略>

第三章 がんは完全放置すれば痛まない

  • 死ぬのはがんに限る
  • がんはどこまで予防できるか
  • 「がん検診」は必要か
  • がんはあの世からの“お迎えの使者”
  • 「早期発見の不幸」 「手遅れの幸せ」
  • 「がん」で死ぬんじゃないよ、「がんの治療」で死ぬんだよ
  • <以下、省略>

第四章 自分の死について考えると、生き方が変わる

  • 意思表示不能時の「事前指示書」はすこぶる重要
  • <その他、省略>

第五章 「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、医療は限定利用を心がける

  • 生きものは繁殖を終えれば死ぬ
  • 医者にとって年よりは大事な「飯の種」
  • 生活習慣病は治らない
  • 年よりはどこか具合の悪いのが正常
  • 人は生きてきたように死ぬ
  • <その他、省略>

終 章 私の生前葬ショー

  • 「自分史」のまとめ
  • <その他、省略>

2.雑 感

 以上、目次の面白そうな部分を選んでみたが、人により興味の持ち方に違いがあるだろうから、詳しく知りたい方は、本書を入手して読んでいただきたい。私は著者と議論をする気はない。人間は生と死の問題を古代から取り上げてきた。私は、そちらに興味をもって本を読んでいる。いずれ、ご紹介する機会もあるだろう。

大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書) 大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)
価格:¥ 798(税込)
発売日:2012-01-28

【2012.3.8.~3.16.】

20120616 写真はグミの実。赤く熟した実は、甘く渋い。

 

2011/02/13

グミ老人の本棚 9

2011116 写真は自宅庭の初雪(2011.1.16)

         目     次

アーサー・ビナード『つみきのいえ・英語版』  水木しげる『猫楠(ねこぐす)』   藤沢周平『竹光始末』

『つみきのいえ 英語版』 "Once upon a Home upon a Home" 加藤久仁生・画、平田研也・文、アーサー・ビナード(Arthur Binard)英訳、白泉社、1,575円

 『つみきのいえ』は短編アニメ映画として作られ、平成21(2009)年、米国でアカデミー賞を受賞した。制作は平成20(2008)年で、図書としても発行され、英語版の初版は平成21(2009)年である。英訳文は、英米文化圏の子供たちに理解しやすいように配慮したため、日本語版とは表現が違っている部分がある。「グミ老人の本棚」では、日本語と英語の表現の違いに重点を置いて紹介文を書いてみた。

 

 ここでは、日本語文と英訳文を比較する形式をとる。まず、日本語文を載せ、次に英訳文を示し、最後に解説等を記すことにする。なお、文は日本語も英語も詩の形式で書かれていて、文の途中で行を変えることが多い。

1.本書の『題名』について

 日本語名『つみきのいえ』、英語訳名"Once upon a Home upon a Home"

 日本の昔話などを英訳する場合、「昔々(むかし・むかし)」で始まる物語を、英語訳では Once upon a time とか Long, long ago で始めるようだ。手元の2冊の英訳本では、そうなっている。『つみきのいえ』とは、1階の上に2階を載せ、2階の上に3階を載せて、まるで積み木のようだから、そういう題名にしたと考えられる。それを英語で直訳すると奇妙な言葉になるので、Once upon a time を利用して、「家の上に(upon a home)」を2つ重ねて、「つみきのいえ」を表現したのであろう。見事な訳し方である。昔を表わすには Once だけで十分である。なお、日本語の「つみきのいえ」には、「昔」を表わす意味はない。

⇒ 本書の題名を直訳すると、「むかしむかし、ある家の上に家を載せ、そのまたその上に」とでもなろうか。もちろん、これでも意味は通じるが。

2.巻頭(かんとう、この物語の最初の数行)の言葉

 ひとりの おじいさんが   うみのうえにある かわったいえに   すんでいました。 どうして こんないえに   すんでいるのでしょう。

 Grandpa lived alone in a curious house that peeked up out of the sea.   To tell the truth, that wasn't the way he'd originally planned it. (おじいさんが ひとりで 海の上に突き出た 変わった家に住んでいました。実を言うと、もともと計画した家の建て方ではなかったのです。)

 grandpa=grandfather おじいさん alone 一人で、孤独に curious 奇妙な、変な peek up ちらっとのぞく、ちょっと出ている out of の外に、(海の)上に to tell the truth 実を言うと、本当は the way やり方、方法、(ここでは、家の建て方) originally もとは、元来 plan 計画する

3.海面上昇

 このまちでは うみのみずが だんだん うえに あがってきてしまうのです。

 For years and years, the sea level here has been rising.(何年も何年もたって、ここの海面が上昇してきたのです。)

 for years 何年間も the sea level (平均)海面 has been rising あがり続けている

⇒ 絵を見ると、町全体が海水の中に沈んでいる。それで、誰もが家の上に家を積み上げるのだが、その様子は海中都市のようだ。海上を大小の船が行き来している。カモメが飛んでいる。たいていの家が、ある程度積み上げると、最上階に三角の屋根をつけている。そのため更に海面が上昇すると、住人たちは家を捨てて引っ越してしまう。しかし、おじいさんの家は三角の屋根をつけない。だから、どこまでも家を積み上げることができる。素朴(そぼく)な高層ビルという感じの家になっている。建築資材(けんちく・しざい)は船で運んでもらう。クレーン船も来てくれる。

4.おじいさんの日常

 おじいさんは このいえに ひとりぼっちで すんでいます。 おばあさんが 3ねんまえに なくなってしまったからです。 

 Grandpa lives all alone now.  His wife passed away three years ago.(おじいさんは、今はひとりぼっちです。奥さんが3年前に亡くなったのです。)

   all alone 一人ぼっちで pass away 死ぬ

 おじいさんは あさおきると、いえのなかにある つりぼりのふたをあけて、さかなを つります。ごはんの おかずに するためです。

  Each morning, he opens the hatch in the floor, baits his fishing hook, and waits until he's caught his breakfast.(毎朝、おじいさんは床(ゆか)の蓋(ふた)をあけて、釣り針に餌をつけ、朝ごはん(になる魚)を捕まえるまで待っているのです。)

 hatch 上げ蓋(ぶた) bait 餌(えさ)をつける fishing hook 釣り針 until ~まで he's caught 捕(つか)まえる、捕まえてしまう breakfast 朝食、朝の食べ物

 そのほかに、やねのうえで、 たまごをうんでくれる にわとりや パンをやくための こむぎを そだてます。

  Up on the roof, he keeps a chicken that gives him eggs, and a patch of earth where he grows a little wheat.(屋根の上では、卵を産んでくれる鶏(にわとり)を飼い、小さな畑で少しばかりの小麦を育てます。)

 up on ~の上で(=upon) keep 飼(か)う chicken にわとり give him eggs 卵を産んでくれる patch 狭(せま)い畑  earth 土 grow 育(そだ)てる little wheat 少しの小麦

 たりないものは、いえのちかくを とおる ぎょうしょうにんの ふねから かいます。 くだものやさんの ふね、やおやさんの ふね、 おはなやさんの ふね ......

  He buys fruit, vegetables, flowers,  and whatever else he might need from the vendors who paddle by  every so often, each in his boat.(おじいさんは、いつも舟で来る行商人から、果物や野菜や花や、その他必要なものを買います。)

 buy 買う fruit 果物 vegetable 野菜 flower 花 whatever else ほかに(~なものは)何でも he might need (おじいさんが)必要とするものは何でも vendor 物売り(人)、行商人 paddle by (舟を)漕(こ)いで通りかかる every so often いつも、毎回 each in his boat  一人ひとりが自分の舟で

⇒  この程度の英文なら、日本語の文と大差(たいさ)ない。おじいさんは、魚釣りばかりしているわけではない。料理は自分でするし、小舟で友達を訪(たず)ねてチェス(西洋将棋、せいよう・しょうぎ)をしたり、遠くにいる子供たちからの手紙を読んだりしている。そうこうしている間に、また海水が床の上にあがってきた。さあ、おじいさんは、これから大工(だいく)さんになるのだ。おじいさんは、いつも部屋に飾(かざ)ってある「おばあさんの写真」を見て、「やるぞ」と呟(つぶや)くのです。

5.落とした大工道具

 ところが あるひのこと、 いえを つくっていた おじいさんは だいしっぱいを してしまいました。 「あっ.....! だいくどうぐが.....」 そう おもったときには、 のこぎりや かなづちは したの したの したのいえまで、うみのなかを おちていってしまいました。 「やれやれ.....、とりに いくか.....」 そこで おじいさんは せんすいふくを きました。

 The next morning, when carrying his tools, he stumbled and dropped them.  The hatch in the floor was open and ――kerplunk, kersplash, splosh, plop, kerplop ―― his saw and trowel and three hammers all fell into the water and sank to the floor below.  "Darn ...I'll have to go get them,"  he said to himself, as he donned his diving suit.(次の日の朝、大工道具(だいく・どうぐ)を運んでいるときに、おじいさんは躓(つまづ)いて、道具を落としてしまいました。床(ゆか)の上げ蓋(あげぶた)が開(あ)いていたのです。――ドスン、バシャッ、バシャン、ボチャン、ボチャン―― と、ノコギリも コテも カナヅチ3つも みんな水中に落ちて、下の階(かい)に沈んでいきました。 「やれやれ、取りに行かなきゃならんな」 と、おじいさんは思いました。それで、おじいさんは潜水服(せんすいふく)を着ました。)

 carry 運ぶ when ~するときに tool 道具 stumble つまずく drop 落とす hatch 上げ蓋(あげぶた) floor 床(ゆか) open 開いて saw ノコギリ trowel コテ hammer カナヅチ all fell into みんな~に落ちた sank→sink 沈む floor below 下の階 Darn 畜生(ちくしょう)、クソッ、やれやれ、(=damn) have to ~しなければならない go get = go to get 取りに行く said→say(言う) say to himself 独り言(ひとりごと)を言う、~と思う as ~しながら、~する時に don(=do on) 着る diving suit 潜水服(せんすいふく) diving→dive (水中に)もぐる

20081123_2 写真は利根川下流の河川敷風景(2008)

6.おばあさんと一緒

 おじいさんは、3つ下の部屋に大工道具を見つけた。ところが、そこは、 おばあさんと一緒に暮していた部屋だった。その部屋で、おばあさんは亡くなったのだった。子供たちに見守られ、おじいさんに手を握(にぎ)られて。このあたりから、物語は夢の世界に入るようだ。もっと下へ潜(もぐ)って行くと、おじいさんは次々と昔の想(おも)い出に出会った。下の家には、若い時のおばあさんがいた。二人の間に初めての赤ちゃんが生まれた場所も、ここだった。海の中に沈み始めていた町だったが、お祭りもあった。おじいさんの一番上の娘の結婚式もあった。あるとき、小猫がいなくなって大騒(おおさわ)ぎした。おじいさんは、一番下の家まで降(お)りてきた。

* このばしょに まだ みずがなく、りくち(陸地)だったとき、おじいさんと おばあさんは まだ こどもでした。ふたりは このばしょで いっしょに おおきくなり、おとなになって、そして けっこん(結婚)をしました。けっこんしたふたりは ここに ちいさないえを たてました。おじいさんと おばあさんは ふうふ(夫婦)になって、このいえで くらしはじめたのです。

 Once upon a time, when the sea hadn't yet begun to rise, Grandpa and his wife were just kids themselves.  They grew up together here,  running through the fields, resting under the trees.  And they grew to love one another, and got married.  This was the first of all the many houses they built together. (昔、海面が上昇(じょうしょう)し始めなかった頃は、おじいさんと奥さんは まだ子供でした。二人は ここで一緒(いっしょ)に大きくなり、野原をとびまわったり、木の下で休んだりしました。それから二人は愛し合うようになり、結婚しました。ここが、ふたりで一緒に沢山の家を建てた最初の家だったのです。)

 once upon a time むかしむかし hadn't yet まだ~しなかった begin to rise 上昇し始める just kid まだ子供 themselves 彼等自身(ふつう訳さない、日本語にない表現) grow up 成長する running→run走る through ~を通り抜けて field 野原、畑 rest 休憩(きゅうけい)する under ~の下で grew→grow 育つ one another おたがいに get married 結婚する the first of ~の始まり all the many houses たくさんの家全部(ここでは、上へ上へと積み上げた家のこと) built→buid (家などを)建てる together いっしょに、共に

7.春が来た

 はるに なりました。おじいさんの あたらしい いえが できました。かべの われめに タンポポが ひとつ さいていました。おじいさんは それを みて うれしそうに わらいました。

  Spring has come, and Grandpa's new house is complete.  He gazes out of the window and notices a dandelion that's found a crack.  It's blooming there on the ledge.  Grandpa's glad to have company.  Already, he feels at home.(春です。おじいさんの新しい家が出来ました。おじいさんは窓の外を見て、隙間(すきま)に根を下ろしたタンポポに気がつきます。その花が家の突き出た所に咲いています。おじいさんは、もう仲間ができて嬉(うれ)しくて、ノンビリしています。)

 Spring has come. 春が来た、春になった complete 完成して gaze じっと見つめる notice 気がつく dandelion タンポポ found→find 見つける that's found→that has found (割れ目を)見つけて(根を下ろしている) crack 割れ目、小さな隙間(すきま) bloom 咲く ledge (壁から突き出た)棚(たな) glad 喜んで(いる) company 仲間(なかま)たち already すでに、もう feel at home のんびりする

つみきのいえ 英語版

つみきのいえ 英語版
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-11

イラスト: 加藤久仁生  文: 平田研也

英語訳: アーサー・ビナード(Arthur Binard)

発行: 白泉社

⇒ 表紙とカバーのイラストは同じ。英語訳版の最後に、日本語の文が載っている。

 【2011.2.14. ~2011.2.22. 記】

猫 楠(ねこぐす)――南方熊楠(みなかた・くまぐす)の生涯』〔漫画〕 水木しげる、角川ソフィア文庫、角川書店、735円

1.目  次

 「大怪人」との出会い  那智山中の幽霊村   わが思いの貴婦人   山高帽で訪問   田辺の親分   神狩り戦争   人魚の裁判   蟻の研究   日高川踊り   柳田国男   猫安の招待   高野山   権威との戦い   南方研究所   大いなる哀しみ   天皇陛下   転生   対談: 水木しげるvs中沢新一   解説: 荒俣 宏、中沢新一   あとがき   年譜   参考文献

 2月に漫画『猫楠』を読了したので、その紹介記事を書こうとしたが、色々不明の部分があるので、昔買って読む暇が無く棚にホコリをかぶっていた本を読み始めたら、大地震が起って、その対応と後始末に追われ、やっと読み終わったばかり。その本の名は『(しば)られた巨人』(高坂次郎著、新潮社、1987年発行)といい、副題が『猫楠』のと同じ「南方熊楠の生涯」で、『猫楠』の参考文献にも載っている。『縛られた巨人』は現在「新潮文庫」になっているので、金をかけずに入手できる。

 漫画『猫楠』を読んでいると、奇妙な場面にしばしば出くわす。それらを理解するための一助として、『縛られた巨人』の内容の一部を紹介してみようと思う。しかし、幕末生まれの熊楠の手紙は漢文調の文が混じり、それが多数引用されている高坂次郎(こうさか・じろう)の作品は、今の若い人には難解かもしれないが、なるべく理解しやすいように書くつもりだ。

 さて、そこで、もう一度、漫画『猫楠』を読み始めた。ところが何と、すっかり忘れていることに気がついた。これは大変なことになったと思ったが、新しく手にした本を読む気持ちで、それが少しも苦にならない。

2.誕生から学生時代まで

 慶応3年(1867)4月15日、紀州徳川の城下町・和歌山で出生。翌年は明治元年。金物商として財を成した南方弥兵衛の次男として生まれ、熊楠と命名。信仰する神社の地、熊野や周辺にある楠の大樹にあやかって、子の名に熊や楠をつける家が多かった。

 熊楠は生まれつき体が弱く疳(かん)の強い子で、母の妹(15~16歳)に背負われて毎日町に出て、叔母と話し合って育った。熊楠は叔母や父母の話を聞くのが好きで、成人してからも幼時に聞いた言葉をよく憶えていた。また、小学校入学前から和漢の書物を読みふけった。明治6年3月、開校したばかりの小学校に入学、抜群の記憶力で書物を読み、覚えて帰って、反古(ほご)の裏に書き写した。その書物の中に寺島良安の『和漢三才図会』全105巻があり、明(みん)国の『本草項目』全52巻(植物大事典)や貝原益軒『大和本草』や『日本紀』、『諸国名所図会』、『太平記』などがあり、すべて暗記して帰宅し筆写した。これらの写本は南方熊楠記念館に保存されている。すべて10歳以前の筆写で、世間は熊楠を「神童」と呼んだ。学問好きだった亡妻の兄が学問をし遂げずに死んだ無念さに、熊楠に転生したのではないかと父の弥兵衛は思い、熊楠一人を学問の道に進ませた。

 明治12年(1879)、旧制和歌山中学校に入学。熊楠の態度は一変し、英語や理科などは落第しない程度に勉強し、漢文と作文は満点だが、数学などは白紙の答案を提出した。授業が終ると走り帰宅し、漢訳『一切経(2千冊)』を読破し、タイラーの人類学、ウィダァスハイムの解剖学の原書を読み、次の日は一変して昆虫、鉱物、植物を採集のため野宿し、「熊楠ぁ、てんぎゃん(天狗)にさらわれた」と家人たちを狼狽させた。この「てんぎゃん」が熊楠の綽名(あだな)となった。

 熊楠の特技は「てんぎゃん」のほかに「反芻(はんすう)」があった。いつでも、どこでも、気に食わないことがあると、食ったものを胃から吐き出し、相手の顔にゲロを噴出させた。以来、熊楠に挑みかかる者は皆無となった。

 熊楠の手紙に「箇人分解をなし申し候(そうろう)」とある。分身が遊離して彷徨(さまよ)い、歩き回ってくるのだという。病跡学(パトグラフィ)では、天才人に或る程度普遍的な精神状態だそうで、夏目漱石や芥川龍之介に同様の幻視、幻聴や狂気の側面がみられるという。

 旧制中学時代、学校嫌いで勉強が好きな熊楠が、生涯ただ一人「先生」と呼んだ教師は、植物学者の鳥山啓(ひらく)で、日本最初の動物図鑑、植物図鑑を作り、世界三大行進曲の一つとして有名な「軍艦行進曲(マーチ)」の作詞者であった。熊楠が自分で描いた蟹(かに)の画を先生に見せると、先生はそれを絶賛し、その日の授業は蟹の画中心であった。

 明治17年(1884)、東京大学予備門(のちの旧制第一高等学校)に合格。同窓に夏目漱石や正岡子規などがいた。しかし、熊楠は例の如く「嫌いなものは勉強せず」の信念を押し通し落第、直ちに退学届を出して帰郷した。時に明治19年春2月。帰宅した熊楠は粘菌や地衣類の採集に熱中した。

20110704 写真は自宅庭で見つけたモジズリ(ネジバナ)

3.アメリカからイギリスへ

 熊楠の海外への思いは強烈で、頑(かたくな)な父に嘆願すること四度、ついに成功してアメリカ行きを承諾させた。熊楠は多額の費用をもらって東京に出て、友人たちと会い、身支度を整えて、横浜港で商船に乗船。時に、明治19年(1886)12月22日。翌明治20年1月7日、サンフランシスコに入港。

 上陸後、商科大学や農業学校に入学したが満足できず、明治21年(1888)11月17日に退学し「自学」の道を選んだ。熊楠の仕事は、森林に入って動植物を採集し研究することのみ。明治22年(1889)に父からの送金は途絶えた。やがて、真の学者カルキンスと文通、直接訪問して菌学・地衣類学の標本の説明を受けた。明治24年(1891)4月29日、カルキンスの薦めで、熊楠はフロリダへ向かう。半島の付け根の町ジャクソンヴィルで、中国人の食料品店主、江氏の店を手伝いながら研究を続け、遂に、イギリスの科学雑誌ネイチュア』に緑藻の研究を発表、アメリカの国立博物館から指導を依頼された。常人とは異なる行動に感服し、江氏は熊楠を「先生」と呼んだ。

 同年に、一転、熊楠はキューバへの旅を実行。石灰岩生地衣を発見し、カルキンスに送ると、その標本はパリの世界的植物学者ニーランデル博士に転送された。菌類と藻類が共生して一体となった植物は新種の地衣で、たちまち学会の話題を呼び、熊楠の名は全世界に撒き広げられた。この間、熊楠は食うために、イタリアのサーカス一座に仲間入りしている。西インド諸島を廻り、その後、熊楠は世界文化の中心地、大英帝国のロンドンに向かう。

 明治25年(1892)9月、熊楠はロンドンに到着、時に熊楠26歳。父の友人で銀行家の中井芳楠をロンドン支店に訪れ、父が8月8日に64歳で死んだこと、家運が傾きつつあることを知る。熊楠は劇場の木戸番などで飢えを凌いだ。次に、世界中歩かぬ所なしの足芸人、美津田滝次郎と親しくなり、英語なら掏り(すり)や詐欺師の言葉まで何でも分るという片岡プリンスと知り、片岡の紹介で大英博物館の部長で富豪のフランクス卿に会い、資料の閲覧を許されたが、熊楠の生活は、まさに根無し草(デラシネ=フランス語)であった。住居は馬小屋の2階。

4.ロンドン生活

 科学誌『ネイチュア』が星宿構成の論文を募集しているのを知り、英文東洋の星座」を寄稿、馬小屋の住人ミナカタの名が世界中に知れ渡った。フランクス卿は大いに喜び、祝宴を開いてくれ、更に、大英博物館への出入り自由を許された。更に、帝政ロシアの貴族で博物学者のオーステン・サッケンの「ブンブン蜂とミツバチは異種」とういう説を支持した論文を発表し、孤立無援の老学者を助けた。サッケンは馬小屋の2階に熊楠を訪ねたが、あまりの臭気と汚さに辟易(へきえき)し、感謝の言葉もシドロモドロに、逃げるように帰って行った。熊楠は大英博物館の正規の館員にはならず、自ら薄給の地位を求めた。研究の自由を奪われたくなかったのである。

 なにしろ、大英百科辞典に2本の足が生えているような熊楠だから、異色の人材との交際に不自由することはなかった。日常の出費は、下宿代6~10シリング、一日の食事代は紅茶2杯に1食で、タバコ1シリング、新聞1ペニ、食事10ペンス、牛乳3ペンス(愛猫のため)、ビールやブランデーや寿司、米飯は友人宅で食べ飲む。

 熊楠の書いた英文は小説家モリソンの指導を受けて大進歩を見せた。「必ず字書を見て、同意味の語に異文字を多く使う。...外国の語を入りもせぬに用うる人にろくな文章なし」。在英9年の間に「ロンドン抜書帳」(9ヶ国語、大学ノート54冊、10800ページ)を作った。これは誰も持っていない言葉の宝庫であった。熊楠は次第に東洋や日本の古い文化が西欧に劣らぬことを証明しようと思った。外国語の修得については、半ヶ月で日常の用に立つ言葉を覚えた。ただし、前置詞につては、「これだけは六七十ぜひおぼえるが必要」と言っている。

 のちに高野山の管長となる土宜法龍(どき・ほうりゅう)とは生涯の友となったが、法龍宛の手紙に、面白い言葉が載っている。すなわち、「これまで、いろいろ難苦して世を渡りしに、悪行虚言し、信義なき者のみ多く、人間というもの十の七、八は、心に何の守るところもなく、また知識とても、わずかに書を読んで受売りぐらいのことに安んずるもののみのようにて」と書いている。私は妻の質問に答えて、「10割のうち8割は馬鹿と思え」と言ったことがある。それに似ていて、私は大いに満足したが、時により自分が8割の仲間に入ることを感じ、人間とは何と面白い生き物かなと思うことがある。

 ロンドンで、中国革命の祖というべき孫文と親交を結んだが、孫文は馬小屋の熊楠の生活に驚いて逃げ出すようなことはしなかった。ここでは、詳細を省略する。熊楠の生活が苦しかったのは和歌山の弟からの仕送りが途絶えたからだが、それには理由があった。ロンドンで熊楠の生活を知った知人が、弟の常楠に金を送らなければ早く帰ってくると助言したからである。父が死んでから、家が破産状態になったなどというのも嘘である。常楠は商才があり、父の金物商をやめ、新しく酒造業を始めて大成功していた。父が生前に均等に分割して子等に与えた財産のうち、熊楠の分を常楠が使ってしまったのだ。「兄弟は他人のはじまり」とは、よく言ったものである。ただ、常楠には、熊楠の学問のことも生活に対する考え方も、全く分かっていなかった。当然とも言える。分ってくれたのは、南方家では亡き両親だけだった。

5.熊楠、日本に帰る

 熊楠は、アメリカ放浪6年ロンドンに8年34歳になっていた。時に明治33年(1900)9月1日、リバプール港から船出して帰国の途についた。日本までは40余日。熊楠を乗せた丹波丸と漱石を乗せたプロイセン号はインド洋ですれ違ったことになる。熊楠の荷物は、標本、書籍、文献の抜き書きだけでも大トランク3杯になった。帰国するとなったら、日ごろ世話になった連中が集まってきて、荷造りを手伝った。

 神戸港に出迎えた弟・常楠から、和歌山行きの列車の中で、熊楠は実家の破産の話を聞き、途中下車して山寺に住むことになった。しかし、ウソはバレルもの。実家に乗り込んだものの、熊楠は、またもや寺に預けられた。熊楠は後年、学問の高弟に、「わしはアマチュアではない。英国で言う文士、すなわちリテレート(literate=学者)だ。独学で叩き上げた学者を呼ぶ」と語っている。漱石も文部省から届けられた博士号証を送り返している。

 熊楠は、学問好きの和尚のおかげで立派な10畳の部屋を与えられたが、スキ焼を食べようとして和尚に見つかり、追い出された。その後、弟の常楠の家に居候(いそうろう)を決め込んだが、明治34年(1901)10月に、常楠の酒店の南方支店がある紀伊勝浦港に住まわされた。紀伊勝浦は現在の地図では那智勝浦となっている。35歳から75歳で死去するまで、熊楠は一度東京へ行っただけで、熊野の地を離れることはなかった。熊野の地、すなわち和歌山、田辺および勝浦が熊楠の活動の拠点で、粘菌や植物等を採集すると、自宅の彼専用の部屋で顕微鏡を覗き、その生態を詳細にカラーまたはモノクロ画で記録し、重要なものは袋に原物を入れて添付した。

 結婚は、親友で医師の喜多幅(きたはば)が仲人となり、今の熊野権現の娘松枝(まつえ)と夫婦になった。しっかりした家系の娘で、彼女なしには熊楠独特の生活と研究は成り立たなかったと言っても過言ではない。熊楠の研究の区切りが彼の食事時間であったから、夜中であろうと何であろうと、松枝は待ち構えていたように食事を用意した。それでも、一度は実家に帰ってしまったことがあった。面倒見が大好き、酒が大好き、研究には我を忘れる熊楠を操るのは大変なことだっただろう。

 熊野山塊(さんかい)のなかでも、那智山原生林は地衣類研究に最適の環境で、熊楠は用心深く、二人の道案内を連れて登った。那智山中で寝たとき、「終夜自分の頭抜け出て、家の横側なる牛部屋の辺を飛びまわり」と語っている。似た経験は幼時からあった。熊野山中では、種々の予知や白昼の幽霊を見た。また10日以上も続けて亡父が現れ、その指示に従って、絶滅したと考えられていた植物を発見した。熊楠は、政府の命令による熊野の各種の小神社の廃止や樹木伐採などに反対し、民俗学の柳田国男とも交際して原生林を守った。また、研究所設立の話があり、多くの有名人が寄付に協力することになり、熊楠を感激させたが、最期の最期に弟常楠の裏切りに会い、この話は立ち消えになった。

 昭和3年(1928)6月1日、昭和天皇が熊楠の話が聞きたいと強くお求めになられて、熊楠にお会いになったのは、田辺湾の小島の神島(かしま)と、沖に停泊の戦艦長門(ながと)上であった。昭和37年5月、南紀白浜に行幸された昭和天皇は、熊楠を懐かしみ、「雨にけぶる神島を見て 紀伊の國の生みし南方熊楠を思ふ」と御製を詠まれた。

 昭和16年(1941)12月29日午前6時30分、南方熊楠逝く。同年12月8日は、日本が米英に宣戦を布告した日である。臨終のとき、熊楠は天井いっぱいに紫の花を見たという。娘の文枝が、「お父さま、お医者さまを呼びましょうか」と声をかけると、熊楠は、「医者がくると この花が消えるから呼ばないでくれ」、それが最期のことばであった。遺体は遺言により、脳の解剖が大坂帝国大学にて行われた。戒名は「智荘厳院鑁覚(ばんかく)顕真居士」。墓は田辺郊外の高山寺の丘の墓地にあり、そこから神島が見える。

 頭の病気で両親に悲痛な思いをさせた嫡男熊弥(くまや)は、本当は画の好きな優しい子であったが、昭和35年(1960)、54歳で死んだ。熊楠が死の床で幻に見た花は、彼が愛した楝(おおち=センダンの古名、栴檀)の花であったにちがいない。お盆が来ると、迎え火を焚き、重い書庫の戸を開けて、その中に度の強い眼鏡を差し入れ、「さぁ、お父様、お入りなさいませ」と、文枝は母の言葉「さぁ、お入りなさいませ」を少し変えて言う。熊楠の大好きだったコップ酒と、紙袋に入れたアンパン6個を供えて。

 最後に、百科辞典に手足が生えたような熊楠の著書を紹介しておこう。

 南方熊楠著、飯倉照平校訂 『十二支考』 全3巻: 〔東洋文庫〕、平凡社発行

縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)

縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)
価格:¥ 700(税込)
発売日:1991-12

新潮社 発行

十二支考 1 (東洋文庫 215)

十二支考 1 (東洋文庫 215)
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:1972-08

平凡社 発行

全 3 巻

【2011.2.21.~10.7. 記 10.25. 修正】

20110319 写真は自宅庭の沈丁花(ジンチョウゲ)

『竹光始末』 藤沢周平、新潮文庫、500円

        目    次

 竹光始末  恐妻の剣  石を抱く   冬の終りに   乱心   遠方より来る  あとがき

1.竹 光 始 末

 藤沢周平の作品は以前に何冊も読んで、『グミ老人の本棚』でも『蝉しぐれ』を取り上げて紹介したが、その後、他の本を読むことに熱中し、藤沢作品を忘れていた。今年の秋は再び藤沢作品に戻って、数冊を読み終えて、これは面白いという作品に出会ったので、ご紹介する。すべて短編を集めたものだが、『竹光始末』という題名の文庫が、特に気に入った。

 読み終わるまで、「竹光始末」とは、どういう意味なのか分らなかった。訳(わけ)あって妻と幼い娘2人を連れ、就職先を探して旅を続ける浪人の物語である。最期には、食事も満足にできない状況に追い込まれ、大刀の中身を売って竹光(たけみつ)に換え、本物の刀は短い小刀だけ。いざ斬り合いというとき、どうするのかと、心配になった。この文庫を書店で買うときも、読んでガッカリするのじゃないかと何日も悩んだのである。そして、それは杞憂(きゆう)に過ぎなかった。

 貧乏浪人の話が続く。某藩が人員を募集していることを知り、長い貧乏旅の末に、「採用は終ったが、しばらく待て」と言われ、日雇い労働者に混じって、何とか生き続けたが、採用した者の中に不届き者がいて、藩の存亡に関(かか)わる事態が起り、その者を成敗する事態となり、丹十郎が事態の解決を引き受ける。不届き者は話上手で、貧乏浪人から大刀が竹光であることを聞き出し、態度が一変する。相手が竹光なら勝てる、と思ったようだ。斬り合いの場面を少々引用しよう。

「...だが勝負はそこまでだった。丹十郎は余吾を畳の上に追い上げると、小刀をぴたりと下段(げだん)につけた。余吾の顔面に汗が滴(したた)り、貝のように守りを固めるだけになった。丹十郎がこのとき使ったのは、戸田(とだ)流小太刀(こだち)の浦ノ波という太刀(たち)である。左を撃つとみせて余吾の構(かま)えを崩すと、体を右に開いて空いた胴を深ぶかと斬った。...――明日からは飢えないで済む。」

 ところで、「戸田流小太刀の浦ノ波」とは、どういう技(わざ)なのか、それを現実に見てみたいという願望が、いまだに私の頭から離れない。そのことは別にして、丹十郎は「これからは竹光を処分して、本物の大刀を腰に挿せる」と思ったことだろう。そのことに今、気がついた。

2.恐 妻 の 剣  

 二百石の家の三男であった作十郎は、一刀流の道場で18歳のときに師範代となっていた。その頃すでに婿(むこ)の話(縁談)が四つ、五つあった。四百石の家からも縁談があったのである。それを、今の妻の父親が、七十石の身分でありながら策略を弄(ろう)して、作十郎を攫(さら)ってきたのだった。妻は「初めの間はよかった」のだが、子供が生まれてからは、ガラリと態度が変わった。両親が他界すると、妻の態度は激変し、多弁になった。無精(ぶしょう)で口下手(くちべた)な作十郎は、非番のときなど家でゴロゴロしている邪魔者(じゃまもの)にしか見えなかったのだろう。

 一方、藩では、幕府に領地を取り上げられた、もと三万石の城主と家来3名を預かっていたが、そのうちの家来2名が逃亡した。二人は江戸幕府に藩の悪口を言うに違いなかった。これは藩の存亡にかかわる大事と考えた家老と大目付は、秘密裏(ひみつり)に逃亡者を捕らえ処分することを考え、逮捕の仕事を作十郎に命じ、「反抗すれば斬ってもよい」と言った。逃亡しなかった1名が逃亡者の顔を知っているため、作十郎に付き従うことになった。二人は馬で逃亡者を追った。道は二つあった。逃亡者は人通りが少なく、(けわ)しい山道を選んだに違いなかった。二人は城下の町中はユックリ馬を進ませ、町外れに出ると馬を疾走させた。山奥の村に着いて様子を尋ねると、逃亡した二人は村の代表者を殺し、握り飯や大量の金子(きんす)を奪って山のほうへ向かったという。作十郎らは、険しい山道を急ぎ、狙(ねら)い違(たが)わず、山上で握り飯を食っている逃亡者を見つけた。

 切りかかってきた逃亡者の一人は、作十郎に簡単に切られたが、もう一人の腕の立つ武士は崖下に落ち姿をくらました。充分に切れなかったのだ。夜の闇に包まれた山肌(やまはだ)を滑るように降りて、星明かりをたよりに作十郎らは残る一人を追った。午後8時頃、前方に焚き火の光が見えた。山間を流れる川の音が作十郎らの足音を消した。近づくと、作十郎は声をかけた。ここで作品を引用しよう。

「あ、と立ち上がって振り向きざまに刀を抜いた相手を、作十郎は疾風(はやて)のような居合い抜きで斃(たお)していた。...平賀は、斬り裂かれた腹を両手で抱えこむようにして横に転び、呻くように呟(つぶや)いたが、不意にその体は長くのびて静かになった。」

 作十郎は家老と大目付に報告し、大目付宅で朝食を馳走(ちそう)になって、帰宅した。かつて、大目付の田代家から、美人で評判の娘加矢(かや)の婿にとの話があったが、田代家では何も記憶していないようで、作十郎が期待していた加矢との昔話は出なかった。帰路、作十郎は急に疲れを感じた。玄関を入ると、何も知らない妻の険(けわ)しい声が飛んできた。これが、この短編の題名になっている「恐妻の剣」であろう。昔から、婿とはツライモノである。戸田流小太刀も、疾風の如き居合術も、家庭では役に立たない。大目付に「今日は安め」と言われたが、のうのうと畳に寝そべっているわけにもいかなかった。

あとの4編の紹介は省略する。楽しみを奪わないために。

竹光始末 (新潮文庫)

竹光始末 (新潮文庫)
価格:¥ 500(税込)
発売日:1981-11

新 潮 社

【2011.10.26. 記、10.29. 追記】

 

2010/07/04

グミ老人の本棚 8

20100611116 写真は栗の花

          目     次

宮沢章夫『考えない人』    武良布枝『ゲゲゲの女房』    中島京子『小さいおうち』       

『考えない人』 宮沢章夫(新潮社、1,365円)

1.目 次

 大見出しだけ示しておく。なぜなら、小見出しが3ページに渡ってゴチャゴチャ並んでいて、読まないうちから「考えて」しまいそうだから。

 がけっぷちからの言葉   考えない   今月の書き出し   プログレッシブ人生と、自己責任   あとがき

2.内  容

 書店から届いたこの本をテレビの前に置いて、いつ読むとも決心がつかずにいたら、妻が「私に読ませようとして買ったの?」と言った。彼女は自分自身の体調不良に悩んでいる時だったので、私は即座に「そういうつもりで買ったんじゃないが、自分を責(せ)めて考え込んでいてはダメだ、この本を読め」と言った。しかし、彼女が読んだ形跡(けいせき)は全くなかった。そこで、私は読みかけの別の本を急いで読み終えてから、本書を読み始めた。

 これまで私は、どんな本も、途中で何度も読み返して、納得(なっとく)がいったら先へ読み進むという厄介(やっかい)な方法をとっていた。だが、この本だけは違った。スーッスーッと目を通して先へ進むという読み方をしてみた。要するに、考えないで読むことにしたのだ。すると読書の速度があがった。いつのまにか数十ページを通り過ぎていた。各ページを斜めに読むという方法があるらしいが、それとは違う。確実に一行一行に目を通しながら読んでいて、それでも高速を保っていけるのだ。本書の言う「考えないを忠実に実行しただけなのに、何の不安も感じなかった。これを他の本に応用できるか、まだ実行していないから、先のことは分からない。

 さて、それでは、本書の例文を少し選んでみよう。実際には、時々行(ぎょう)を変えるのが普通の印刷方式だが、ここではベタで書くことにする。「...(3点)」は省略を表わす。

  •  返してくださいと連絡してきたのが携帯メールのせいか言葉がぞんざいだ。忙しくてすぐに返すことができずにいると、メールの内容から礼儀というものがどんどん薄れる。「まだ?」という、たった一言のメールが届いた。それが人にものを依頼する態度だろうか。...いよいよ、返さずにいるとすごいメールが届いた。「返せ、ばかやろう」 携帯メールはおそろしい。
  •  痛かった。すごく痛い。この「痛み」の原因はいったいなんだろう。店先の看板が道につき出ていたからだろうか。前をしっかり見ないで歩いていたからだろうか。そうではない。考えていたからだ。まったく、考えているとろくなことが起こらない。
  •  ガイドブックの表紙にはたいていこう書かれているだろう。「おいでやす」 もうだめである。考える余裕などあるものか。「おいでやす」と言われて京都に誘惑されない人間はけっしていない。ついつい京都に思いをはせ、金閣寺を夢に見、銀閣寺を想像し、清水の舞台から誰だって飛び降りたくなる。なにも考えずにそうなってしまう。京都のすごさはそこだ。だから誰だって、たいした考えもないまま京都に来てしまうだろう。私がそうだった。気がついたら京都駅の新幹線ホームに立っていた。それから住むべき部屋を探した。なにも考えない部屋探し。
  •  タクシーはあきらかに私の家の方角に向かっていない。どこに行くのだろう。よく分らない。...「あの、どこに向かってるんでしょうか?」 すると、それまで黙っていた運転手がようやく口を開いた。「え、どこって......あれ、お客さん、言ったっけ、どこ行くか?」 いきなりな返事である。ではいったい、行く先も知らずにどこに向かうつもりだったのだろう。...「言いませんでしたっけ?」 「聞いてないねえ」...運転手は言った。「参ったなあ。遠回りになっちゃったよ」 それはこっちのせりふである。考えてないな。ぜったいに考えていない。
  •  ところで、よくわからない書き出しも百閒(ひゃっけん)の小説にはあり、それがまたべつの味わいぶかさを感じさせる。「火鉢をかかへて、うつらうつらしてゐると、玄関に人の気配(けはい)がするらしいから、耳を澄ましたけれど、さうでもなかった」 なんでもないのだ。何も発生しない。やはり百閒は特別な位置にある。

 もう、この位にしておこう。なぜって、「買って読む楽しみ」を奪ってしまうから。しかし、楽しいか楽しくないかの保証はしない。最後に、著者と挿絵画家の氏名などを書いておく。著者の氏名: Miyazawa Akio(みやざわ・あきお)、著者の職業: 劇作家・演出家・作家。挿絵画家の氏名: しりあがり寿(何だ、この名前!)

考えない人 考えない人
価格:¥ 1,365(税込) 宮沢章夫著
発売日:2010-02-26  新潮社

【2010.7.4. 記述始め、 7.5. 完成】

20100705 写真は紫陽花(あじさい)

『ゲゲゲの女房』 武良布枝(実業之日本社、1,260円)

 武良布枝(むら・ぬのえ)とは良い名だ。漫画家の水木しげる(本名: 武良茂、むら・しげる)の奥さんの名。旧姓は飯塚(いいづか)。女学校時代の写真が掲載されているが、老年の布枝さんを彷彿(ほうふつ)させる顔で、なかなか利(き)かん気の娘というふうに見える。武良という姓は私の周囲には見当たらない。布枝という名も私の周囲では珍しい。その上、誕生が昭和7年(1932)1月で、私と同じだから驚いた。―おっと、忘れるところだった。茂の誕生は大正11年(1922)3月8日、現在88歳。布枝は78歳。

 私の娘の長女の名は「えり」で、着物の衿(えり)を連想させたから、文句なく認めた。最初、娘夫婦は易者に相談して、難しい漢字を使った名を決めて私に見せたので、「易者の言う事など信じるな。俺は古今東西の占いを勉強してきたんだ。そんな変な文字を勧める易者など信じるな」と怒鳴りつけたら、娘はだいぶ腹を立てた様子だったが、暫くして「市に届けてきたよ」と言うので、「何とつけた?」と聞くと、上記のとおりだったので、私は「ウン」言っただけで、あとは何も言わなかった。「布枝」と「えり」、どちらも女性的な名である。

 『ゲゲゲの女房』巻頭の夫婦のカラー写真を見て、新婚夫婦に私は「一目ぼれ」してしまった。その前に夫の「水木しげる」の作品は、早くから、これも「一目ぼれ」で、次々と買って読んでいたので、何の不思議もない。ところで、本書の表紙は白い布張り(布枝の布にあやかって)の立派なもの、カバーは夫の「水木しげる」のデザイン、他書には見られない豪華版である。

 『ゲゲゲの女房』はNHKの「朝ドラ(朝のドラマ、15分間)で人気を博しているようだ。これまでの「朝ドラ」と違い、非常に視聴率が高い。それにつられてか、本も売れているそうだ。しかし、本の内容と「朝ドラ」の内容が完全に一致することはない。評判がいいのは、漫画のせいだけでなく、「水木しげる夫妻」の忍耐強さが人の心を打つからだ。今、出雲地方は古事記等が隠した王国の発掘で注目されている。世の中は、老人も壮年も若者も、空虚な刺激を求めて右往左往(うおう・さおう)しているが、そういう生き方を反省する気持ちが、誰の胸にも生まれてくるのだろう。朝ドラの評判も、原作の評判も、偶然の産物ではない。一言(ひとこと)付け加えれば、茂は「鬼太郎(きたろう)」、布枝は「一反木綿(いったん・もめん)」。

(1) 目  次

 第一章 静かな安来の暮らし  第二章 結婚、そして東京へ  第三章 底なしの貧乏  第四章 来るべきときが来た!  第五章 水木も家族も人生一変  第六章 名声ゆえの苦悩と孤独  第七章 終わりよければ、すべてよし  あとがきにかえて

(2) 第一章 安来の暮らし  

 水木しげる(茂)の故郷は、宍道湖(しんじこ)東部の島根県境港(さかいみなと)市、奥さん(布枝)の故郷は安来(やすぎ)市大塚、この辺りは安来節(やすぎぶし)で有名。日本海に面し、出雲大社(いずも・たいしゃ)の東に広がる山陰(さんいん)地方の静かな歴史の町である。東方には「出雲富士」と呼ばれる大山(だいせん)が美しい姿を見せている。1ページ全部を使って地図が載っているので、とても分りやすい。茂は、子供時代に「のんのんばあ」から妖怪世界の話を聞いて育ったが、妻の布枝も祖母から「とんと、昔があったげな」で始まる妖怪の話を聞いて育った。旧暦十月は神無月(かんなづき)と呼ばれる。日本各地から神様が出雲に集まり、地方の神社が留守になるので、そう呼ばれるが、出雲地方だけは旧暦十月を神有月(かみありづき)と呼び、喧嘩騒乱(けんか・そうらん)は厳禁である。戦後は厳しい日々が続いたが、それはいずこも同じで、いつしか布枝は29歳になっていた。そして見合いの話が持ち上がり、相手は「水木しげる」であった。

(3) 第二章 東京へ  

 布枝が見合い写真の武良茂を見たのは昭和三十五年(1960)の秋。武良家は布枝の母の弟の妻の実家。茂は10歳年上で、戦争で左腕を失ったが無事日本に帰り、貸本漫画家、住所は東京。布枝は茂の写真に一目ぼれだったようだ。それに、布枝の父も茂に一目ぼれ。当時は大学卒で月給1万8千円だったが、茂は漫画本1冊描いて3万円、加えて負傷軍人恩給があったから、何とか二人で生活できると思ったようだ。なお、本書には、ところどころに写真や「水木しげる」の描いた漫画が入っていて、そのほうが楽しいくらいだ。布枝は「ありゃ、えぞ、決めやい」の父のひと言で結婚を決めた。グミ老人は大学を出たか出ないかの頃で、貸し本漫画などというものがあることを知らなかった。

 結婚式は見合い(1月25日)の5日後、1月30日で、超スピード。今の恋愛第一主義と違い、当時は結婚して一緒に生活して、次第に愛情が生まれると考えられていた。結婚式のときだけ、母親に言われて、茂は左腕の義手を嫌々(いやいや)ながらはめていたが、その後は義手をはめなかった。あとで探したとき、義手は屋根裏部屋でホコリをかぶっていた。

 列車の長い旅を終えて東京につくと、浦和に住んでいた長姉が、勤め先の銀座の会社の立派な車で、調布の田舎の畑の中の粗末な家まで送ってくれた。布枝は「とんだところに来てしまった」と思ったようだ。以前、茂は武蔵野美術学校に入学したが2年で中退していた。グミ老人も同校の通信教育を受けたことがあるが、途中でやめてしまった。同じ中退でも、「水木しげる」と私では、天と地の差がある。茂は神戸で「水木荘」というアパートの管理人をしていたことがあり、紙芝居の名人鈴木勝丸、『黄金バット』を描いた加太こうじ、など、奇人変人と付き合ったが、あえなくアパートは倒産。「不況の時代には因果(いんが)ものがあたる」と鈴木勝丸に教えられ、描いたのが『墓場の鬼太郎』だったというから、人生何が起こるか分からない。やがて紙芝居の時代が終わり、茂は上京して亀戸(かめいど)に住み、貸し本漫画家になった。ここで茂は講談師の田辺一鶴(たなべ・いっかく)と親しくなっていた。

 有為転変(ういてんぺん)ののち、落ち着いたのが調布で、家は隙間風(すきまかぜ)が入り放題だった。ここで、茂と布枝は新婚生活を始めた。金が無くなると質屋に何でも預け、金が少しでもできると質屋から出すという生活が続き、見合いのときの月収3万円という話は夢のまた夢だった。恩給は親思いの茂が母に渡していたのだ。

(4) 第三章 貧乏神安住す 

 茂の生活は普通の人とは5時間ほどずれて、11時に起床して朝食、夕方7時ごろ夕食、それからは夜11時になっても、カリカリというGペンの音が休むことはなかった。貸し本漫画の『鬼太郎夜話』には、地獄やら、人を食う化け物やら、骸骨(がいこつ)やらが描かれていて、布枝は「飄々(ひょうひょう)と生きている水木のどこからそんな怖い話が生まれてくるのか」と思った。そして、「精魂こめてマンガを描き続ける水木の後ろ姿に、私は正直、感動しました」と書いている。朝6時には起きる習慣がついていた布枝に、茂は「早く寝ろ、寝ろ」と言って怒るようになった。それでも〆切が迫っているときなど、「おい、ちょっと手伝ってくれ」と言われると、布枝は嬉々として仕事場へ飛んで行った。

 あるとき、出版社に出来上がった漫画を届け、三万円を受け取って来る役目を任された布枝は、貧乏会社に驚き、更には半分の一万五千円しかくれない社長のひどい仕打ちを経験し、茂が、「餓死(がし)しないためにも、早く別の道を考えないといけないな」とつぶやくのを聞いて、ゾーっと背中が冷えるのを感じた。

 茂の仕事場には、思想や哲学の本、画家の本、ハヤカワ・ミステリー、平凡社の世界大百科事典などが並び、新聞や雑誌の記事のスクラップが山と積まれていた。旧制中学時代の茂は、いつも学校を遅刻し、興味を持つ事柄にしか熱心になれない性格で、成績は悪かったらしい。しかし、「コレだと思うことについては、信じられないほどのめり込み、その知識をものすごく蓄えていく人」で、一番好きな作家はゲーテだった。

 戦地のラバウルで左腕を失った茂は、近くの現地人の集落に出かけ、そこに住む人たちと仲良くなり、食べ物も分けてもらった。そこにあった聖書を大声でローマ字読みすると、パウロという名がやたらに出てきた。それで、茂は現地人から「パウロ」と呼ばれ、更に親しくなった。ラバウルなど東部ニューギニア戦線では13万人もの日本兵が死んだが、茂は生き残った。「人間が生きているということは、自分の力以外にどんなものの力が作用しているか知れない」と、茂は布枝にくり返し話した。聖書には、「神は自ら助くる者を助く(Heaven helps those who help themselves.)」とある。

 当時高級品だったバナナを買って来て、茂は、「これがうまいんだ。腐(くさ)りかけているものがいちばんうまいんだ」と言った。腐ったバナナではなく、腐る直前のバナナと言うのが正確な言い方である。茂の父は早稲田大学を出ていたが、趣味に生きる人で、商売で大金を失い、会社や銀行に勤めてもサボりが原因で首になった。茂の母は英会話のできる気丈な女性で、父とは正反対の性格だった。茂は台湾で占い師に「今の財産は親から受け継いだものではない」と言われた。それを父に話すと、父は「当たっちょうな」と言って笑った。

 税務署員退散、長女出産、粉ミルク代が払えず、『悪魔くん』と櫻井昌一さん、夫婦で連合艦隊の模型づくり、等々は省略。

20100524_2 写真はハクチョウゲ(白丁花)

(5) 第四章 時来(きた)る

 かつて貸し本出版社を経営していて、『鬼太郎夜話』を刊行してくれた長井勝一(かついち)氏が訪ねてきて作品を注文してくれ、1ページ三百円で原稿料全額を払ってくれた。翌昭和三十九年(1964)に長井氏は『月刊ガロ』を創刊し、続けて原稿依頼があった。こんどは1ページ五百円だった。千円あれば何日も食事が出来る時代で、会社の編集者の南伸坊(しんぼう)とも親しくなった。つぎには講談社が来た。「宇宙もの」を書けという注文を、茂はキッパリ断(ことわ)った。

 翌昭和四十年(1965)に、再び講談社の編集長から「編集方針が変わったから、自由に描いてください」と言われ、『少年マガジン』の仕事を引き受け、これまでのアクの強い漫画を改め、綺麗な線で描こうと毎日習作を重ねた。出来上がったのが『テレビくん』だった。茂は口癖のように、「オレは大人も読むに耐えるものを描く」と言っていた。原稿料は『月刊ガロ』よりはるかに上だった。布枝が「こんなにもらっていいの?」と言うと、茂は「バカ、貸し本漫画の原稿料は、人間の原稿料ではなかったんだ」と言った。

(6) 第五章 人生一変    

 「眠ることを無上の楽しみにしていた」茂は、睡眠時間が4~5時間になってしまい、有能なアシスタントが必要になっていた。そして来てもらったのが「つげ義春」だった。「お父ちゃん、つげさんって、仙人みたいなひとだね」 「うん、霞を食って生きているのかもしれん」 この年、水木プロダクションをつくり、会社組織にし、茂は社長になった。昭和四十三年(1968)に、『墓場の鬼太郎』が『ゲゲゲの鬼太郎』と名前を変え、テレビ・アニメになった。ゲゲゲの語源は、茂が幼少の頃、自分の名を正しく発音できず「ゲゲル」と言っていて、ガキ大将仲間からは「ゲゲ」と呼ばれていたことに由来(ゆらい)する。それから、もう一つ、茂には渾名(あだな)があった。それは「茂鉄(もてつ)」で、鉄のように強い茂という意味。こうして、いろんなことがあって、やがて境港の両親が引っ越して来て、武良一族は再び一緒に暮らすようになった。

 どこの家庭にもオヤバカ(親馬鹿)というのはあるもので、次の文章がそれである。「長女の尚子(なおこ)は、とても絵が上手でした。あれは五歳くらいのことだったでしょうか、歯医者さんに連れて行ったら、その晩、歯医者さんの治療している様子をスラスラと描いたのです。歯医者さんの独特な椅子や、治療器具まで、ちゃんとそれらしく描いてありました。...次女の悦子は...しゃべると、かわいらしくて、...大人になってから、なかなかおもしろい文章を書くようになりました。やはり水木の遺伝子ではないかと思います。」

(7) 第六章 布枝の苦悩と孤独  

 茂の息抜きの一つは「家屋の設計」で、「天国か楽園のような家」を作ろうというものだった。神戸時代にも設計病にかかったが、今度は実行をともなう設計病だから、社員や家族はトイレの位置も分らず、配置図をおぼえるのに苦労した。それから、テレビアニメのキャラクター商品が流行(はや)りだし、チョコ、ガム、トロフィー、バッジ、人形、ハンカチ、シャツ、など何でもありで、茂は一人で喜んでいたが、版権が確立していなかったから、あまり会社の収入にはならなかった。鬼太郎の絵のはいったブリーフは、体操や健康診断のある日以外は娘たちにはかせた。娘たちの名簿に「親はマンガ家」だと書いたため、学校では「ゲゲゲの子どもって、だれ?」と覗(のぞ)きに来る生徒もいた。「水木しげるの娘=妖怪の娘=おばけの仲間」と囃(はや)された。長女の尚子は、「お父ちゃんは好きだけど、水木しげるの娘だって、いわれるのはいやだ」と言った。

 茂が売れっ子漫画家になると、家庭の団欒(だんらん)もなくなって、「最近、仕事のほうはどうなの」と聞くと、「引っ込んどれ!」とか、「おまえは家のことだけやっとればええ」と言って、まともに相手になってくれなかった。それは、布枝にとって寂しいことだった。この人は私の気持ちを理解してくれなくなったと思った。あるとき、茂の怒鳴り声を聞いて、「もうこの家にはいられない」と思うと、布枝は、いつの間にか家の外に走りだしていた。20メートルくらい走ったら、もっと寂しくなった。この家を出て、どこへ行くのか。灯(あか)りのついた我が家が見えた。星がきれいな夜だった。1時間あまり歩いて、また家に戻ったら、泣いていると思っていた娘たちがニコニコしながら迎えてくれた。「お姉ちゃんが、お母ちゃんは絶対戻ってくるから大丈夫って」と次女の悦子が言った。茂もホッとしたらしく、翌朝、「今日はいい天気だな」と話しかけてきた。

 さすがの茂鉄もダウン、パプア・ニューギニア移住計画等は省略。

(8) 第七章 終わりよければ  

 平成三年(1991)、紫綬褒章(しじゅ・ほうしょう)を受章。「水木はこのとき授賞式のために燕尾服(えんびふく)をつくったのですが、シルクハットもかぶるというので、さすがにびっくりしました。...かつて昭和天皇の南紀巡幸(なんき・じゅんこう)の際、熊楠(南方熊楠、みなかた・くまぐす)が天皇の求めに応じて進講したときのスタイルにあやかったものだったのです。本当に子どもみたいな人です。」 平成十五年(2003)の秋の叙勲で、茂は旭日小綬章(きょくじつ・しょうじゅしょう)を授賞。茂は、ときどき夭逝(ようせい、=夭折、若くして死ぬ)した漫画家(手塚治虫など)の話をするようになり、「オレもあまり眠らなかったけれど、あの人たちはそれ以上だった。だから、早く死んでしまったんだ。人間は眠らなきゃダメなんだ」と言った。

 布枝は荒俣宏(あらまた・ひろし)の来訪時のことを、次のように述べている。

 荒俣さんは日本屈指の博物学者で、小説家、収集家、神秘学者、翻訳家といういくつもの顔を持つ有名な方です。そんな大変な博識の人が、ある日、水木の仕事場を訪ねてきたのです。そして挨拶もそこそこに、水木の前につかつかと歩み寄ると、がばっとひざまずいて、ひとこと、「弟子にしてください」といったのです。...水木は困っていました。「弟子ってあんた、いったい、なんの弟子?」 「水木先生の弟子です!」 「はぁ、まぁ、顔をあげて」 それが最初の出会いでした。

 いよいよ、本書の紹介も最後の場面になった。故郷で、足立(あだち)美術館や安来節演芸館を訪ねて、境港の家に帰る車の中での、茂と布枝の会話で終ろう。後悔しない人生とは、こういうものなのか。さあぁー、二人とも、まだ生きているから、分らないなあ!

 「もう一度、いってみろ」 「終わりよければすべてよし。.....でもお父ちゃん、終わりはまだまだよ。あの子が成人するまで、長生きしないと」 あの子とは、長女・尚子の息子で私たちのたったひとりの孫のことです。「100まで生きればいいのか。それはできるだろう」 「いえ、もっと、あの子が結婚して、子どもをもうけるまで」 「そりゃ、大変だな」 「でも、お父ちゃんならできますよ」 「できるか?」 「できる。お父ちゃんだもん」 水木がまた笑って、私のひざをポンと叩きました。不意に、夕日の光がゆがみました。私の目に涙があふれてしまったからです。水木はそんな私を見て、またひざをポンと叩き、笑ってみせました。

ゲゲゲの女房 ゲゲゲの女房  武良布枝 著
価格:¥ 1,260(税込) 実業之日本社
発売日:2008-03-07
 

【2010.7.6. 記述始め、7.16. 完成】

20080705 写真はトリトマ(南アフリカ原産、英名torch-lily)

小さいおうち中島京子(文芸春秋、1,660円)

(1) 目  次

第一章 赤い三角屋根の洋館   第二章 東京モダン   第三章 ブリキの玩具   第四章 祝典序曲   第五章 開戦   第六章 秘策もなく   第七章 故郷の日々   最終章 小さいおうち

 目次を見ただけでは、何の話か分らない。「開戦」という文字で、戦争前後のことかなと想像できれば上等である。そう、この話の大部分は、日本が中国や欧米と戦った昭和前期の東京の丘の上の、小さな赤い屋根の洋館に住む家族を中心に語られている。語り手は山形県の田舎から出てきた、頭のいい働き者の女中で、彼女の名は布宮タキという。第1ページを開いて読み始めたとき、私は男が話している物語かと思った。実にキビキビとした話し方だったからだ。戦後生まれの著者が、こんな小説を書くなんて、私は想像もしていなかったのだが、読むほどに、いつの間にか「小さい素敵なお家(うち)」の雰囲気に飲み込まれていった。読み終わるのが悲しかった。何もかもが完璧(かんぺき)というわけではないが、「直木賞受賞作」だけのことはある。それに、この小説には、東京、鎌倉、山形、石川、福井という地名が出て来て、私は自分の過去の経験と遠い先祖の地とが、私を夢の世界へ連れて行ってくれるように思った。だから、読み終わるのが悲しかったのだ。

(1) 赤い屋根の洋館

 タキは小学校を卒業して、東京へ女中奉公に出た。昭和5年(1930)の春だった。その2年後の正月に私が生まれたのだから、私より大正や昭和のことに詳しい。女中は「タキや」と呼ばれるのが普通と思われているが、彼女は「タキさん」と呼ばれていた。普通、女中奉公は花嫁修業であったが、彼女は生涯結婚はしなかった。初めて乗る汽車が珍しくて楽しかった。汽車の中で親類の者に「女中の心得(こころえ)」を教えられた。

 「東京さ、えっだら、なんでも、ぐずらもずらでは、んまぐね。(東京へ行ったら、どんなことでも手早くしないといけないよ) いづばん、んまぐねのは、えづまでもえづまでも、なまりっこ、とれねごどだばー。(一番よくないのは、いつまでもなまりがとれないことだよ) いづにづもはやぐ、東京弁ばおぼえでぇ、なまりっこ、つかわねで、はなせっよーにならねっどー。わがたがー。(一日も早く東京弁をおぼえて、なまり言葉を使わないで話せるようにならなければいけない。分ったか)」 「わがた、わがた」 「その、『わがた』が、もう、んまぐね。(その『わがた』が、よくない)」 「ほだなごど、えっだっでー、『わがたがー』って聞いだがら、ワダスも答えだんだっすー。(そんなこと言ったって、『わがたがー』って言うから、私もそう答えたんです)

 上記の会話の親類の者とは、男かと思ったが女だった。しかも最後には、彼女も東京言葉を使った。こうして、東京に着くと、そこは見たことも無く、全てが新しかった。タキは有名な小説家の小中(こなか)先生宅に着いた。翌年には、小中先生の知人の家を紹介され、そこの女中になった。その前に、ちょっと浅野家に奉公したが、ほんの短い間だった。三番目の家が当時まだ22歳の時子(ときこ)奥様のいる家になった。初めて奥様を見たとき、タキは本物の都会のお嬢様を見た思いがした。目のパッチリした美しい人妻だった。奥様は2度目の結婚で、ここの平井家に嫁(とつ)いだのだ。タキは奥様と病弱の恭一(きょういち)ぼっちゃんと一緒に浅野家を出て、平井家に移ったのだ。昭和7年(1932)のことだった。くどいようだが、この年は私の生まれた年である。

 昭和10年(1935)には、郊外の私鉄沿線に平井家の新しいお邸(やしき)が出来た。旦那様(だんなさま)は見合いの席で「赤い瓦屋根の二階建ての洋館を建てます」と言った。それが再婚の決め手となった。そしてタキにも畳(たたみ)2畳(じょう)の小さな部屋を与えてくれた。タキはその部屋を「終(つい)の棲家(すみか)」と思い定めた。この年、私は満3歳だった。翌11年(1936)には、陸軍の若い将校たちによる二・二六事件が起き、政府の重要人物が何人も殺されたが、岡田首相だけは女中部屋に隠れていて助かった。新聞は『決死の奉公・殊勲(しゅくん)の両女中語る』という記事を載せた。タキは、小中先生から聞いた「女中は、ある種の頭の良さがなければならない」という言葉を思い出した。

 郊外の駅から細い道を上がった小高い丘の上の赤い屋根の洋館は、近隣の目印になっていた。風が二階の窓を抜けて奥様のやわらかい髪(かみ)を撫でていく時、それを奥様が手で押さえる仕草(しぐさ)が、なんとも美しかった。タキは用事をするのも好きだったし、外から赤い屋根の家を眺めるのも好きだった。庭には沈丁花(じんちょうげ)や金木犀(きんもくせい)が匂い、秋には玄関わきの楓(かえで)とナナカマドが美しく色づいた。

(2) 奥様の恋人

 旦那様は輸出が好調な玩具会社の常務取締役だった。社長の次に偉い感じだ。タキは突然来客があったときの料理作りが上手で、よく褒められていた。奥様のお供をして、京橋アラスカや三越食堂などに行ったとき、タキはナイフとフォークが苦手(にがて)なので、いつもカレーライスを注文し、「カレーのタキちゃん」と呼ばれていた。

 あるとき社長が若い社員を紹介した。「板倉正治(いたくら・しょうじ)君だ。美術学校を出たてのところを引き抜いたんだ。...」と社長が紹介した。彼は社長の話には興味がないようで、紙に飛行機や自動車やのらくろの絵を描いて、恭一ぼっちゃんを喜ばせていた。

 これも、あるとき、板倉さんから美術のことを説明されて、奥様は先生を前にした女学生のように真面目に話を聞いていた。奥様の表情は、タキが目にしたことのないものだった。旦那様には決して見せないお顔だった。そのときの人々の年齢は、タキが24歳、奥様が32歳、旦那様は45~46歳、そして板倉さんは26歳だった。「そろそろ嫁さんをもらう年だな」と旦那様が言うと、板倉さんは「まだ、いいです」と答えた。お勝手(かって)に戻って来た奥様は「なあに言ってるのかしら」と鼻で笑い、「板倉さん、結婚なんて、まだまだ、早い、早い」と言った。タキが「早いですねえ」と言うと、奥様は、うれしそうにうなづいて、「早いわよ。だんぜん、早いわ」と言って、きびきびと料理の手順を指示した。

 板倉君のための嫁探しは社長命令だった。旦那様はその面倒な仕事を奥様にまかせた。「おもらいなさいよ」と奥さんに言われると、板倉君は「奥さんに、そんなこと言われるとは思わなかったな」と答え、二人の会話は、いつも同じことの繰り返しだった。旦那様は奥様に「見合いの世話くらいできなくて、重役の妻が務まるかね」とまで言う。タキは板倉君と奥様との間に何かを感じていた。それを、奥様の女学校友達の睦子さんに話すと、「好きになっちゃ、いけない人を、好きになってるのよ」と睦子さんが言った。

200549

写真は桜花爛漫の踏切を行く平成時代の電車

(3) 昭和10年代

 昭和11年の二・二六事件から昭和20年まで、日本は戦争に向かって進み、そして敗戦を迎えることになる。この小説に度々出て来る言葉がある。それを抜き書きしてみよう。

 ヘレン・ケラー女史の来日、盧溝橋(ろこうきょう)事件、純国産飛行機「神風(かみかぜ)号」、北支事変、銃後(じゅうご)、千人針、愛国行進曲、万国博覧会、オリンピック東京大会(中止)、新興住宅地、ス・フ(ステープル・ファイバー、人絹)、防空演習、防空壕、日の丸弁当、のらくろ、慰問袋、特高、双葉山、パーマネント禁止、紀元二千六百年、大政翼賛会、食物配給制、国民学校(小学校を改称)、カーキ色、灯火管制、真珠湾、大東亜戦争、山本五十六、東京初空襲、アッツ島玉砕、「撃ちてしやまん」、疎開計画、B29、神風特攻隊、硫黄島玉砕、新型爆弾(原子爆弾のこと)、進駐軍、ジープ。

(4) タキのその後

 アメリカ軍のB29の焼夷弾に東京その他の大都市が焼き払われ、小学生が田舎へ避難する事態となり、タキも赤い屋根の家から10年ぶりに故郷山形に帰った。学校の男の先生は兵隊となって、深刻な先生不足のため、寺に入った小学生たちの面倒や指導をどうするかという話になったとき、住職がタキが最適任だと主張し、遂にタキは女中から代理教員になった。ところが、生徒たちから「東京の人みたいな話し方」と言われ、タキは満足そうだった。翌年春には進学希望の上級生たちを連れて東京へ行き、そのついでに、タキは懐かしい「赤い屋根のおうち」を訪問し、奥様と話し合った。しかし、戦後に訪れてみると「赤い屋根のおうち」は消え、あたり一面焼け野原になっていて、知り合いの男性から、旦那様も奥様も防空壕の中で焼け死んだと聞かされ、タキは愕然(がくぜん)とした。全てが失われたように呆然(ぼうぜん)としていた。タキは故郷へは帰らず、茨城県の春日部(かすかべ)に住んだ。そこは浦和の北の大宮から東へ行った所にあり、アパートの一室を終の棲家とした。最後は孤独な生活だった。タキがノートに書き続けた日記は、甥(おい)の次男の健史(たけし)が盗み読みしていたが、最後の部分は米櫃(こめびつ)の中から、やっと発見された。健史のオジサンが「タキばあちゃんは、死なねえんじゃないかと思っていたけどな」と言った。

 この小説の最後の章は、健史があちこち訪ね歩き、板倉さんが戦地から無事帰還したこと、彼は有名は漫画家で、今は記念館が建っていること、そして奥様の子の恭一氏に会ったこと、板倉さんの描いた奇妙な漫画が「赤い屋根のおうち」であること、その漫画はアメリカのバージニア・リー・バートン作「ちいさいおうち(The Little House, 1942)」の影響を多分に受けていること、平井恭一氏が、「母は少し困った人でした。いつもどこかアンバランスで、あぶなっかしくて...あの人は綺麗だったから、誰もがあの人を好きになる。...」と語ったことなどが書かれている。

 当時は、戦争の時代でもあったから、思想統制が厳しく、社会主義は禁物で、違反したと判断されれば容赦なく特高警察に捕らえられ拷問を受けた。戦後は、そういう過去を「暗い日々」と称して、特に大学生などは社会主義を謳歌(おうか)した。しかし、この小説を読めば分るとおり、暗黒の日本だったわけではない。若い著者が、ここまで研究して小説を書くとは、驚きである。私は自分の幼少時と重ね合わせて、この小説を珠玉(しゅぎょく)の如く思っている。幼少時に東京を訪れた私には、懐かしさが先に立ち、ぜひ戦後生まれの人たちに読んでもらいたいと思う。当時の日本人は、米軍のB29の焼夷弾攻撃などを受けても、生きることを諦めなかった。決して暗黒の地獄に落ちたとは思っていない。

 最後に、暗いと言われた時代を一所懸命生きた人々を明るく描いて、「直木賞」を受賞した若い女性作家に感謝して、この拙文を終わりにする。

小さいおうち

小さいおうち
価格:¥ 1,660(税込)
発売日:2010-05

中島京子 著(直木賞受賞)

文芸春秋 刊

【2010.12.17. 書き始める。2011.1.25. 書き終る】

2010/05/01

グミ老人の本棚 7

Apricot_wheel20100323 写真は水仙 Apricot Wheel(あんず色の大輪)

            目     次

ひろ さちや 『やまと教』    池川 明 『子どもは親を選んで生まれてくる』    小山内 大『英語生活力検定』    半藤末利子『漱石の長襦袢』

                *

やまと教 ひろ さちや(新潮新書)――日本人の民族宗教

 本書は日本の仏教について多くの解説書を書いている著者の新しい仏教観と日本神道(しんとう)の関係を示したもので、非常に興味深い内容で、戸惑うことが多いかもしれないが、それだけに著者の決心のほどが窺(うかが)い知れる本である。

(1)目 次

 第一章 宗教とは何か?  第二章 仏教と伝来と神道  第三章 神道と やまと教  第四章 やまと教の神々  第五章 神様との付き合い方  第六章 神様は「空気」である  第七章 やまと教の教義  あとがき 

(2)宗教とは何か?

 宗教を、「ホンモノ宗教」、「ニセモノ宗教」、「インチキ宗教」、「インポテ宗教」の4種に分類する。ただし、一つの宗教が同時に二つの性格を持つことがある。

 明治政府は、天皇を「現人神(あらひとがみ)」とする国家神道(しんとう)をつくり、国民を信者にしたが、敗戦(1945)の翌年元旦に、天皇自(みずか)ら詔書(しょうしょ)を発して、これを否定した。この国家神道は、「ニセモノ宗教」+「インチキ宗教」だが、日本古来の神道は「ホンモノ宗教」である。

 著者は本書で、混同を避けて「神道」という言葉を使わず、「やまと教」と命名し、日本人の伝統的な民族宗教としている。そして、「やまと教」を理解するために、インドの仏教とヒンドゥー教、キリスト教の旧約聖書と新約聖書、イスラム教を説明し、また、「古事記」、「日本書紀」および「万葉集」をあげている。更に、仏教とヒンドゥー教、キリスト教、ユダヤ教の違いを説明し、中国の儒教(じゅきょう)や道教(どうきょう)にも及んでいて、分りやすく面白い。

 宗教には民族性を超えた「普遍(ふへん)宗教」があり、仏教やキリスト教、イスラム教が、それである。「善人なおもて往生(おうじょう)をとぐ、いわんや悪人をや」の親鸞(しんらん)や法然(ほうねん)の教えは「普遍宗教」である。

 最後に脱線するが、江戸時代には、一日の始まりに、次の三つの考え方があった。すなわち、「天(てん)の昼夜(真夜中の0時を過ぎたとき)」、「地(ち)の昼夜(日没のとき)」、および「人(じん)の昼夜(朝の日の出のとき)」である。現代人は天の昼夜を採用しているが、古代人は地の昼夜によっていたという。この、一日の始まりを日没からとする宗教には、日本の神道、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教などがあり、キリスト教のクリスマスも前日の日没から始まると考えるのが正しい。

(3)仏教の伝来と神道

 「日本書紀」の用明天皇(585~587)の条に、「天皇信仏教(てんのうは、ぶっきょうをしんじ)、尊神道(しんとうをたっとぶ)」とある。

 キリスト教に詳しい山本七平氏は、かつて神道を「日本教」と命名した。本書の著者が神道を「やまと教」と命名したことに、ヒントを与えているのではないか。

 近年、聖徳太子の実在を否定する学者が多くなっているが、推古(すいこ)天皇(592~628)が即位(そくい)し、聖徳太子が摂政(せっしょう)皇太子となったとき、国際情勢は、仏教国であることが文明国として認められる条件となっていた。

(4)神道 と やまと教

 縄文(じょうもん)文化は「自然との共生」、弥生(やよい)文化は「自然の征服」。

 日本の権力中枢(けんりょく・ちゅうすう)は、仏教を受け入れたが、それは、文明・文化として仏教を採用したのであって、仏教に改宗(かいしゅう)したのではない。神道は皇室神道であって、民衆の神道ではない。文明・文化としての仏教と日本古来の神道の混同が、民衆の宗教観の混同の原因であり、無宗教者の出現の原因といっても過言ではなかろう。

 民衆神道すなわち「やまと教」の発祥(はっしょう)は縄文時代である。その後の弥生時代も古墳(こふん)時代も「やまと教」の根底(こんてい)にある。古墳時代に強力な統一国家が形成され、やがて仏教が伝来(でんらい)したが、この仏教は外来文明として支配階級に採用された。そして、神道は皇室神道となった。しかし、民衆の神道が消えたわけではない。

(5)八百万(やおよろず)の神々と仏教

 第四章では、「神とは何か」が語られる。著者は、できるだけ易(やさ)しく、分り易く書いているが、それでも難しい。難しいが面白い。

 旧暦十月は「神無月(かんなづき)といい、全国の神々が出雲(いずも)に集まってくる。出雲の人々は、この月を「神有月(かみありづき)」と呼ぶ。全国の神々といっても、出雲に行かない神々もいる。神には、天の神地の神人の神がある。この説明が面白い。面白いから、ここでは省略する。本を読んでいただきたい。

 寺で葬式をするようになったのは、江戸時代からである。

 「やまと教」の考え方では、人は死んで2年もするとカミになる。それまでは荒御魂(あらみたま)であり、字の如く荒々しいが、やがて和御魂(にぎみたま)となり、静かな神になる。

 徳川幕府は仏教の僧侶(そうりょ)に鎮魂(たましずめ)の儀式をするよう命じた。幕府はキリシタン(キリスト教徒)を禁じ、日本人全員を寺の檀家(だんか)とし、寺に身分証明書の発行をさせた。葬式も寺の仕事とした。死者に戒名(かいみょう)をつけるのは、僧侶になる、すなわち出家(しゅっけ)するとき名前を変えるのを、一般民衆の死者に応用したものである。死者が成仏(じょうぶつ)する期間が長いほうが、寺の収入が増えるから、三回忌(さんかいき)まででよいものを、三十三回忌までやるようにした。すべて、江戸時代の産物である。なお、正月お盆の行事は、カミとなった祖先を招(まね)いてのお祭りであったが、今では、お盆に「お祭り」の要素が薄れてしまった。正月もお盆も、本来は神道の行事であり、今でも、お盆をやらない寺がある。

(6)神々のいろいろ

 神々を3種に分類する。

 1.支配者階級の神々 

 高天原(たかまのはら)の神々―天の神(あまつかみ): 天照大神(あまてらす・おおみかみ)など。

 天孫降臨(てんそん・こうりん)の神々―瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)など、古事記や日本書紀の神話から。

 中つ国(なかつくに)の神々―天皇家が征服した「国つ神(くにつかみ)」

 黄泉(よみ)の国(別名「根の国」)の神々―素戔鳴尊(すさのおのみこと)など。

 2.固有名詞の神々

 有名人を祀(まつ)った神社の神々。

 3.やまと教の神々

 庶民(しょみん)の神々―産土(うぶすな)神、土地の守り神、氏神(うじがみ)、村の鎮守(ちんじゅ)の神など。

 普通名詞の神々―小さな祠(ほこら)の神、貧乏神、七福神など。

(7)神様は空気である。 

 物理学的にいうと、神は「ブラウン運動の微粒子」である。空気、すなわち「気」は、キと読み、ケとも読む。キもケも神の状態をあらわす。ケは物の怪(もののけ)のケである。宇宙は「気」で満たされている。その「気」が凝縮して物となる。言葉を変えれば、神も物も霊魂である。この広大な宇宙も、始めは何もなかった。そこに気の動きが生じ、次第に激しい動きとなって、大爆発を起し、現在の宇宙が誕生した。星も星雲も、こうして生まれた。最近の宇宙望遠鏡によると、星を生み出しているガス状のもののほかに、目に見えない暗黒物質が大量に存在するという。話が少し脇道に逸(そ)れたが、今この世にある肉体が滅びても、霊魂はなくならない。霊魂の存在は、すなわち宇宙の存在だからである。

 冗談(じょうだん)をいっているのではない。『広辞苑』によると、「気は天地間を満たし、宇宙を構成する基本」と説明されている。ブラウン運動は、英国の植物学者のロバート・ブラウン(Robert Brown) が、1827年に発見したもので、『新世紀百科辞典』(学研)によると、「液体中や気体中に浮遊する微粒子(びりゅうし)が、激しく不規則に運動する現象」のことである。R.ブラウンは水中に浮遊(ふゆう)する花粉から出た微粒子の動きを顕微鏡で観察して、この理論(ブラウン運動)を発見したという。また、彼は、細胞核(さいぼうかく)も発見しているというから、恐ろしい植物学者がいたものである。

 ブラウン運動の説明を、もう少し詳しくし調べてみよう。「水中に浮遊する花粉から出た微粒子が示す一見(いっけん)不規則な運動。微粒子に液体または気体の分子が各方向から無秩序に衝突(しょうとつ)することによって起こる」(『広辞苑』)、「液体中や気体中に浮遊する微粒子が、激しく不規則に運動する現象。熱運動により、液体分子や気体分子が微粒子に衝突して起こる」(『新世紀百科辞典』)。

 液体分子や気体分子が神で、微粒子が人間なのか、それとも、この運動全体が神なのか。本書の著者は「ブラウン運動をしている微粒子が、気(キ)と呼ばれる神だ」と言っている。また、「人間の内部にも、ブラウン運動をする気(キ)があり、それが外側の気(キ)と共振することによって、元気が出てくる」と説明している。更に続けて、「ブラウン運動が不活発になったときの気をケと呼ぶ」と言い、「気(ケ)だるい」などを例にあげている。

 さて、この不思議な「ブラウン運動」について研究してみては如何(いかが)ですか。老後の勉強に最適でしょう。ちょっと無理ですか。この齢(とし)になって、そんな微細(びさい)なことに頭を使いたくない? そうでしょうね。かのR.ブラウンも54歳のときに、この現象を発見したのですからね。60歳過ぎたら、細かいことは無理でしょうね。

 最後に著者は、「やまと教の教義」について、やさしく述べているが、ここでは省略する。難(むずか)しいからではない。「金子みすず」の詩なども出てきて、易しくて面白いからである。

 なお、苦言を呈すれば、最後の「やまと教の教義」の内容が神道に重点を置きすぎているように思える。色々な神さまについて優しく解説するのはよいが、そのため仏教の解説が軽くなり過ぎているようで、読者の一人として不平不満を言いたくなる。

追記: 著者は、すでに昭和62年(1987)に、『仏教と神道』(新潮選書)を発表して、仏教と神道の役割と機能の解説を試みていて、今回が初めてではない。最近、身辺の図書を整理していて気がついた次第で、私の「うっかりミス」をここでお詫びし、できれば両書を比較することをお勧めする。

やまと教―日本人の民族宗教 (新潮選書)

やまと教日本人の民族宗教 (新潮選書)
価格:¥ 1,155(税込)  ひろさちや 著
発売日:2008-07

仏教と神道どう違うか50のQ&A (新潮選書)
価格:¥ 1,050(税込) ひろさちや 著
発売日:1987-10

【2010.5.3. 記、6.9. 追記、 6.17. 再追記】

201004221 写真は、小雨に濡れる山吹

『子どもは親を選んで生まれてくる』 池川 明(日本教文社)

 著者は医学博士、池川クリニック院長。「胎内(たいない)記憶」研究の第一人者として知られ、多くの著書がある。

 私は、「人間は死んだらどうなるのか」という疑問にも答えられる図書として、本書を選んだ。実は、以前、死後の世界と、そこからの再生についての図書を読んだことがあるのだが、その本よりも、「お母さんを選んで生まれてきた」と言う幼児の言葉に、新鮮な興味を覚えたからである。

(1)目 次

 まえがき    序章 赤ちゃんは覚えている    第1章 子育ては胎内から始まる――胎内記憶・誕生記憶    第2章 生まれることは自分で決める――中間生・過去生の記憶     第3章 生と死を超えて――たましいの旅は続く    終章 命のメッセージ

(2)赤ちゃんの記憶

 死んだら「魂(たましい)」になって天国へ行く、と言ったら、「何を馬鹿な!」と言う人もいるだろう。本書の内容は、この世に生まれてくるまでの子どもの「過去生の記憶」「中間生の記憶」「胎内記憶」「誕生記憶」のことだから、そういう話は全く受け付けない人もいる。しかし、本書からの次の引用文を読んでいただきたい。

 「生まれる前は雲や空の上にいて、何人かの友だちとのんびり過ごしていた、というものです。その世界は平和で穏やかで、神さまや天使や妖精たちが住んでいます。そしてふさわしい時期がくると、どのお母さんのもとに生まれるかを決めて、トンネルやはしごを通っておなかの中に入るというものです。」

 「ぼく、知っているよ! お空から見ていたから.....おじいさんと一緒に見ていたよ。お父さんとお母さんは海で楽しそうに遊んでいたよね」

 「中間生」とは、一つの人生から次の人生に生まれ変わるまでの期間を指す。死後の世界であり、母の胎内に宿る前の世界のこと。それにしても、トンネルや梯子(はしご)を通るというのは、面白くもあり不思議でもある。子どもたちは普通2~3歳までは色々憶えているが、6歳頃になると忘れてしまう。しかし、大人になっても覚えている人もいるようだ。また、母が子どもに話しかけないと、ほとんどの子が昔のことを話さず、忘れてしまうと言われている。

 古来東洋では、胎教(たいきょう)という考え方があったが、「おなかの赤ちゃんに思いを向けることの大切さ」を人々は知っていたということだろう。胎教は今、美しい音楽を聞かせることのように考えられているが、両親が喧嘩(けんか)しないことのほうが大切である。妊娠(にんしん)を後悔(こうかい)したり、父親が「何だ、女か、男の子だったらよかったのに」などと言ってはいけない。

 記憶とは脳に刻(きざ)まれていることと考えられているが、それなら死とともに消えるはずで、赤ちゃんが前世を記憶していることと矛盾(むじゅん)する。記憶は、脳ではなく魂に刻み込まれているものと考えれば、納得(なっとく)できる。そうならば、我々は「魂」を無視してはいけない、ということになる。

(2)(たましい)の旅

 「子どもは、虐待(ぎゃくたい)されることも全部知って生まれてきます。それは、親に『そんなことをしてはいけないよ』と教えるためです。もし役目に失敗しても、何度でも生まれかわって同じことを繰り返します」

 「日本人の男の人みたいな神さまと、外国の女の人みたいな神さまがいたよ。(生まれることは)自分で決めて、神さまに教えに行くの。神さまはだめって言わないからね。」

 「自分でお母さんを決めて、元気な子で生まれるって決めたら元気な子に生まれるし、病気の子に生まれるってなったら、病気で生まれる」

 ある子は、半跏趺坐(はんか・ふざ、片方の足を太ももの上に置く坐り方)の仏さまの絵を描き、これが神さまだと言った。神さまの表現は子どもによって色々だ。また、背中に羽根をつけた天使や妖精もいる。天使の羽根は大きいが、妖精の羽根は小さい。生まれるときは、天使か妖精が背中に羽根をつけてくれる。一緒におなかに入ると、天使か妖精は子どもの背中の羽根をとって帰ってしまうという。流産のときは、天使や妖精が来て、羽根をつけてくれて、一緒に天に昇るそうだ。

 目前の世界しか信じない人々は、現代人に多いが、死ねば無になると考えているから、死に直面すると非常な恐怖心(きょうふしん)に襲われる。そういう人たちは、宗教を葬式のためだけと考えている。この世のことは科学だけでは解明できない。死後の世界にまで想像力を働かせることが、大人にとって大切なことである。ただし、過去の辛(つら)いことばかり思い出すようでは、その人にとって何の益(えき)もない。生んでくれた親がいたから今の人生があり、誰かが育ててくれたから大人になれたのだ。幸せな時間のほうが長いはずなのに、人間は辛いことだけを覚えている。「(こう)と辛(しん)は一つ横棒があるかないか」である。ある子が次のように話していた。

 「天国でね、見ていたよ。おばあちゃんが毎日『子どもをください』って拝んでいたの。そうしたら、大きな神さまが、『おまえ、行ってこい』っていったの。だから、お母さんのおなかに入ったよ。風と一緒に.....。お母さん、風吹いたでしょ。そのときよ」

 命あるものは必ず死を迎える。生と死は常に表裏にある。死を忌(い)み嫌うと、真実の半分しか見えなくなる。最後に、著者の言葉を、飛び飛びに、引用しよう。

 「はじめから完璧に光り輝いているたましいは、わざわざ人間として生まれてくる必要はないのです。.....大きく光り輝くためにはいったん曇らなくてはならないのです。.....究極(きゅうきょく)的な人生の目的は何かといえば、それはたましいを磨くことなのだ、と私は思います」

(3)そ の 他

 「あるお母さんは妊娠中、おなかの赤ちゃんに語りかけ、五つの願いを伝えていました。

  1. 出生日を教えてほしい。
  2. 夢の中で性別を教えてほしい。
  3. パパがお休みの日に生まれてほしい。
  4. 2950グラムぐらいで生まれてほしい。
  5. 女産院の先生の手がすいているときに生まれてほしい。」

 結果はどうだったかというと、夢で「9月25日誕生」と知らされ、そのとおりになった。また、かわいい男の子の夢を見て、生まれたのは男の子だった。誕生は日曜日だったので、お父さんは土日とも付き添い、立会い出産ができた。体重は2946グラムで、お母さんの希望どうりだった。お産の日は、助産院は前日までの満員が全員退院で静かな日だった。翌日は再び満室になったというから不思議だ。

 最後に、著者の厳(きび)しい言葉を紹介しておこう。

 「医者は万人(ばんにん)に共通する方法などあるはずもないという視点(してん)をもち、常に患者さんから聞き取り、学ぼうとする姿勢が大切なのです。.....よりよい医療を実践(じっせん)するためには、医者は医学という科学だけでなく、心理学哲学にも関心をもつべきです。.....」

 私、グミ老人は、本書を紹介するにあたって、出来るだけ著者の言葉を尊重するように心掛けた。もっと詳しく知りたい方は、本書を手にとっていただきたい。

子どもは親を選んで生まれてくる 子どもは親を選んで生まれてくる
価格:¥ 1,200(税込) 池川 明 著
発売日:2007-06 日本教文社

【2010.5.20. 記、5.21. 追記、6.17. 再追記】

20091104 写真は丘の上の樹木を通して見た市街

『英語生活力検定』小山内 大(大修館書店)

 最初に断(ことわ)っておくが、本書は検定試験のテキストではない。ポケットに入れて持って歩き、英語の日常会話に出て来る言葉を身につけるための参考書である。実際に携行して日常会話に役立てることを目的とした楽しい単語句集と言えば、なるほどと納得していただけると思う。

(1) 目  次

 まえがき  この本の使い方  1.ひと言  2.学校・会社  3.身近な物  4.算数  5.スポーツ  6.美容  7.病気・けが  8.料理・食事  9.子育て  10.恋愛  11.音・様子  12.英語あれこれ  13.日本の英語  14.体の部位  級判定  参考文献

 目次に従って全部を紹介する必要はない。面白そうな問題をいくつか選んで、御覧にいれよう。実際には、問題形式になっていて、最後に「級判定」ができるようになっている。

(1)「どうしてる?」(挨拶)に対して、「なんとかやってるよ」 I'm just getting by.  註: get by は「なんとか暮らしている」という意味。ビートルズの歌に、Oh, I get by with a little help from my friends.(友人の助けで なんとか やって行けるんだ)と歌われている。 I'm just going by. や I'm just making by. ではダメ。

実際の印刷面の例

 「どうしてる?」などの挨拶に答えて、「(よくないながらも)なんとかやってるよ。」となるのは次のどれでしょうか?

  1. I'm  just  getting  by.
  2. I'm  just  going  by.                            回答___
  3. I'm  just  making  by.

 解説 get  by は「なんとか暮らしている ・ やっている」という意味の日常よく使う表現です。以下、省略。

(2) プレゼントを渡すときの 「これ、どうぞ」は、I have something for you.  註: I have a thing for you. や I have nothing for you. はダメ。something は、謙虚さを表わす。

(3) 「有給休暇」 paid leave、「出産休暇」 maternity leave 註: leave は「休暇」。absenceや off はダメ。他に、sick leave(病気休暇)や annual leave(年次休暇)がある。

(4) 「土砂降りで前方が見えない」 I can't see ahead because of the heavy rain. 註: ahead は「前方」。他に、before me や in front of me がある。I can't see before や I can't see front はダメ。

(5) 「16分の3」 three sixteenths 註: 分数(fraction)は、分子を基数(one, two, three, ...)、 分母を序数(first, second, third, ...)で表わす。分子が2以上のときは、分母の序数が複数形になる。 sixteen-third や three-sixteenth はダメ。

(6) 「人前で鼻をほじるな」 Don't pick your nose in public !

(7) 「この豚肉のステーキはかたい」 This pork steak is tough. 註: hard を使うと toughを使うよう注意される。

(8) 「うちの赤ちゃん、ヨチヨチ歩き始めたのよ」 Our baby has just started to toddle. 註: 「ハイハイする」 crawl、「よちよち歩く」 toddle、「よちよち歩きの子」 toddler

(9) 「私をデートに誘っているの?」 Are you asking me out on a date? 註: on a date は、言っても言わなくてもよい。 Are you telling me to date with you? や Are you proposing me to date? はダメ。 ask (someone) out で「デートに誘う」意味になる。

(10) 「アフターサービス」 after-sale-service, customer service, after-purchase service 註: after service は和製英語。なお、speed-down(スピードダウン), skinship(スキンシップ), cost down(コストダウン), paper driver(ペーパードライバー), order-made(オーダーメード), bedtown(ベッドタウン), kissmark(キスマーク), image-up(イメージアップ), soft cream(ソフトクリーム), key holder(キーホールダー) も和製英語。野球の nighter(ナイター)は和製英語の傑作で、今では正式の英語になっている。

注意: 「級判定」と言っても、公式の判定ではない。あくまでも、自分自身が納得(なっとく)するための手段である。わずかな暇を見つけて、苦手な問題は何度でも挑戦(ちょうせん)しているうちに、いつの間にか実力がついていることに気がつき、自信がつくだろう。ただそれだけのことである。

〈クイズ〉英語生活力検定 〈クイズ〉英語生活力検定
価格:¥ 798(税込) 小山内 大 著
発売日:2008-11-05 大修館書店

【2010.5.29. 記、 6.17. 追記】

20080705_2 写真はインド浜木綿(はまゆう)、インド原産、昭和初年渡来。

『漱石の長襦袢』 半藤末利子(文芸春秋)

 著者は昭和10年(1935)、東京生まれ。漱石門下の松岡譲と漱石の長女筆子の間に生まれ、昭和史研究家の半藤一利の妻となった。「60の手習い」で文章を書き始めたというが、さすがは夏目漱石の孫娘だけあって、舌鋒(ぜっぽう)ならぬ筆鋒には並々ならぬものを感じさせる。本書は雑誌などに寄稿した文を一冊にまとめたのだが、女性特有の鋭さ、記憶力のよさ、そして心の優しさ温かさが、何とも言えぬ味わいを読む者に感じさせ、漱石先生の孫娘の作品として、読むほどに頭の下がる思いである。

目  次

第一章 ロンドンからの手紙  中根家の四姉妹  ロンドンからの手紙  漱石夫人と猫  父からの便り  「料理の友」

第二章 漱石の長襦袢  まぼろしの漱石文学館  漱石の長襦袢  家相のよい家  西片町の頃

第三章 子規の庭  ソーセキ君  子規の庭  送られてきた十円玉  是公さんのこと  温かな眼差しと筆力  六十年前  九十五段の石段  間に合ったぶどうと桃  芥子餅の思い出  松岡譲文学賞のこと

第四章 漱石山房の復元  漱石山房の復元  漱石の修善寺  「漱石枕流」の集い  記念講演  『坊っちゃん』は私の子守歌  女は一所懸命  『夏目家の食卓』をめぐって  笑っちゃう話

第五章 呉の海軍墓地  『星の王子さま』の会  昭和史散歩  呉の海軍墓地  羽二重団子と東京初空襲  初めてのエステ  タンクローの個展  歌う受賞者  いい気な爺さんたち  夏目漱石の「猫」の娘 松岡筆子    

あとがき

漱石の長襦袢

漱石の長襦袢
価格:¥ 1,500(税込) 半藤末利子 著
発売日:2009-09-15 文藝春秋 発行

 

【2010.6.16. 記、7.1. 修正】

2008/10/04

グミ老人の本棚 5

20080815 写真は風船カズラ

             目   次

 『有頂天家族』(森見登美彦)   『寺島町奇譚』(滝田ゆう)

 

 『有頂天家族』 森見登美彦 著 幻冬舎 1,575円

 有頂天とは、辞書によれば「仏教用語で色欲・欲界の最高所」、転じて一般には「大得意で夢中になっている様子」のことである。本書の題名は正に内容を的確に表わしている。

 作者は、京都大学農学部出身の学者?兼作家。農学部だから動物の描写に巧みである。

 

 (1) まえがき

 久しぶりに小説らしさ溢れる作品に接した。目次の次に題名のない部分がある。多分「まえがき」であろう。その冒頭(ぼうとう)から驚かされた。「桓武(かんむ)天皇の御代(みよ)、万葉の地をあとにして・・・」という書き出しにギョッとした。作者は狸(たぬき)であり、作中の登場人物でもある。その狸が言うには、「人間の歴史に狸が従属するのではない、人間が我らの歴史に従属するのだ、という大法螺(おおぼら)を吹き、偽志(ぎし)を書き散らす長老がいた。言うまでもなく狸である」とある。更に、最後の部分では、「平安遷都(せんと)この方続く、人間と狸と天狗の三つ巴(どもえ)・・・」とあり、締めくくりは「従って我が日常は目まぐるしく、退屈しているひまがない」という、まさに「狸変じて人間」の書いた「まえがき」である。この物語の語り手は、名誉ある狸の一家「下鴨家(しもかもけ)」の三男で、下鴨矢三郎という。

 (2) 天狗と弁天

 引退した天狗(てんぐ)「赤玉先生」は私の恩師である、と狸は喋(しゃべ)り始める。先生は、かつて、大学の部屋を借りて、人間に変身した狸たちを集めて講義し、威張(いば)り散らしていた。先生は赤玉ポートワインを舐(な)めながら、「かつて阿呆(あほう)な人間どもが右往左往(うおう・さおう)した」応仁(おうにん)の乱や平家の没落(ぼつらく)や幕末の話を語った。しかし、今や、自(みずか)らが没落して空も飛べなくなった糞爺(くそじじい)である。ところで、赤玉ポートワインであるが、かくいう「グミ老人」も若い頃に飲んだことがある。しかし、あまりにも甘ったるいので、間もなくやめてしまった。

 さて、ここに「弁天(べんてん)」という人間の女性が登場する。赤玉先生は、かつて、琵琶湖(びわこ)のほとりで可愛い田舎の少女を誘拐(ゆうかい)し、天狗教育をほどこした。彼女は、やがて「天狗的」となり、京都や大阪や神戸を自在に往来し、放蕩無頼(ほうとう・ぶらい)の「冷徹(れいてつ)なる美貌(びぼう)」の持ち主となった。その美しさは「筆舌(ひつぜつ)に尽(つ)くし難く、彼女に「恋い焦(こ)がれ、彼女の帰りを待っている」赤玉先生を無視している。実は下鴨矢三郎も彼女に恋しているのだが、口に出せないでいる。

 (3) (ただす)の森

 「糺す」とは、辞書によれば、「本当にそうであるかどうかを調べて、事の真偽(しんぎ)や事実の有無(うむ)をはっきりさせる」ことである。昔の地図で見ると、糺の森は平安京の北東部の下鴨村にあり、近くを鴨川(かもがわ、賀茂川)が流れている。森の中に神社があり、下鴨神社または賀茂御祖(かものみおや)神社といい、北の方角に上鴨神社があって、両社併せて賀茂神社という。平安遷都(せんと)以後、伊勢神宮に次ぐ大社となり、桓武天皇の参詣(さんけい)以来、歴代天皇が行幸(ぎょうこう)した。糺の森は、「糺の林」とも言われていたようで、今の写真で見ると、綺麗に整備されていて、森というより林が相応(ふさわ)しいが、かなり広い場所だから、狸の棲み家(すみか)としての森もあるに違いない。どのくらい広いのか、私は残念ながら「糺の森」へ行って調べたわけではないから、どういう感じの森なのか分らないが、その名の示すように、どのくらい広いのか、どのくらい神々しい場所なのか、一度でいいから「(ただ)してみたい」という気持ちが湧(わ)いてくる。

 糺の森の下鴨神社は、鎌倉時代の作といわれる『方丈記(ほうじょうき)』の著者、鴨長明(かものながあきら)と関係が深い。長明の父、鴨長継(かものながつぐ)は下鴨神社の正禰宜(ねぎ)惣官(そうかん)であったが、三十代なかばで逝去した。当時、若い長明は管弦(かんげん)と和歌の道に精進(しょうじん)し、勅撰(ちょくせん)歌人となっていた。後鳥羽院(ごとばいん、後鳥羽天皇の引退後の称)は長明を下鴨神社の摂社(せっしゃ、付属する神社)の河合社(かわあいしゃ、ただすのやしろ)の禰宜に推挙(すいきょ)したが、長明の叔父が自分の息子を強硬に推挙し、長明の欠点を並べ立てたので、後鳥羽院の推挙は実現せず、長明は失望落胆(しつぼう・らくたん)のあまり宮廷を去って出家してしまった。この河合社は、写真で見ると、広い庭と美しい木々のある立派な神社である。河合社と書いてタダスノヤシロと読ませるのも、糺の森に関係深いことを思わせる。「おい、狸よ。お前たちの住処(すみか)は、一体どこなのだ」と聞いてみても、「ただすのやしろの辺(あた)りだよ」と言うだけだろうな。人間と狸が混在(こんざい)している世の中では、狐や狢(むじな)が混じらないだけいいと言っておこう。

20061116 写真は「紅葉」

 (4) 地 名

 本書に地図を1枚つけてくれたらと、しばしば思った。しかし地図は現についていないのだから、京都観光案内のような本を座右に置かねばならない。それができれば探偵小説を読むような気分も味わえて、一挙両得(いっきょ・りょうとく)である。なにしろ、第一章から、やたらに京都の地名が出てくるのだから敵(かな)わない。第一章の地名を次に列挙してみよう。

 鞍馬(くらま)山、如意ヶ嶽(にょいがたけ)、賀茂川、吉田山、東山、琵琶湖(びわこ)、竹生島(ちくぶじま)、四条大橋、祇園(ぎおん)、先斗町(ぽんとちょう)、御池通(おいけ・どおり)、東山丸太町、河原町今出川、四条河原町、四条南座、寺町通、烏丸(からすま)通、川端通、南座、出町商店街

 (5) 狸の一家

 親が兄弟でも、『方丈記』の鴨長明の場合のように、合い争うことがあるのだから、狸の世界でも同様である。狸の下鴨家は偉大なる父、下鴨総一郎に支えられていたが、これに激しく対抗(たいこう)したのが総一郎の弟、夷川早雲(えびすがわ・そううん)の一家である。

 先ず、総一郎の一家から紹介しよう。総一郎は多くの狸たちから尊敬されていたが、ある夜の深酒(ふかざけ)で、化けの皮が剥(は)がれて路上に寝ているところを人間に捉えられ、遂に狸鍋(たぬきなべ)にされてしまった。母は宝塚歌劇が大好きで、外出するときは黒服を着た美青年に化けて、玉突きに興じる。彼女は雷が大嫌いで、雷雨となると化けることを忘れ、糺の森の奥深くの巣に逃げ戻り、「古式ゆかしい蚊帳(かや)の中で震(ふる)えている。」長男の矢一郎は、父亡き後、下鴨一家の重鎮(じゅうちん)で、時には巨大な猛虎(もうこ)に化ける。彼は理論家で、樋口一葉(ひぐち・いちよう)は明治の女流作家ではなく、「雨樋(あまどい)の端に濡(ぬ)れた枯葉が一枚引っかかっている」という秋の淋(さび)しさをあらわす四字熟語だと言っている。次男の矢二郎は酒を飲むと「偽叡山電車(にせ・えいざん・でんしゃ)に化け、父を乗せて繁華街を疾走(しっそう)して、夜遊びの人間どもを恐怖のどん底に陥(おとしい)れたが、今は何か悟るところがあり、寺の境内(けいだい)にある古井戸に潜(もぐ)り込み、「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」の蛙になってしまった。その蛙を老若男女(ろうにゃく・なんにょ)の狸たちが人間に化けて参拝に行くというから妙だ。三男は、言わずと知れた本書の語部(かたりべ)、矢三郎であり、時々可愛い少女の女学生に化ける。最後の四男矢四郎は、まだ成熟していないから、人間に化けることもママならない。うまく化けたつもりが、尻尾(しっぽ)が出ていたりして、兄たちに叱られている。

 一方、夷川早雲一家だが、これが悪(わる)の代表みたいな一家で、長男を金閣(きんかく)、次男を銀閣(ぎんかく)という。大文字焼きの夜、下鴨一家と空中戦を演じたりして、なかなか勇ましいところを見せるが、いったん形勢悪しと見ると「タスケテエー」などと悲鳴をあげて逃げ回る。悪狸にしては可愛いところもあるが、読んでいて、助けてやろうという気にはなれない。「贔屓(ひいき)の引き倒し」をするなら下鴨家のほうだ。

 (6) 冥土(めいど)への通路

 寺町通アーケードの「朱硝子(あけがらす)」は地下の店で、店名は「明け烏(あけがらす)の鳴く頃まで営業している」をもじったものか。この店は、いくら客が入っても満席にならない。店は奥へ奥へと続き、奥に行くほど狭くなり細くなる。奥は寒いので、年中ストーブが燃えていて、冥土へ通じているのだそうだ。赤玉先生が奥の奥のストーブのそばで赤玉ポートワインを舐めていると、狸の下鴨総一郎がやって来た。狸鍋にされてしまった総一郎の霊(れい)が、生前の狸の姿で現れたのだ。彼は赤玉ポートワインを舐めてから、「これが飲み納めですな」と言って赤玉先生に別れを告げ、あの世へ続いている長い廊下を辿(たど)って消えていった。「ひと足お先に御免(ごめん)こうむります面倒事もたくさんございましたがまずまず愉快な一生でした」というのが最後の言葉だった。やがて、奥から不思議な音色(ねいろ)が聞こえてきた。サヨナラの音であった。

 高齢者の仲間入りを果たしたグミ老人にしてみれば、総一郎狸の最後の言葉は教科書の如きものである。立派な最後の言葉を「座右の銘(ざゆうのめい)」として、壁に貼っておこうかと思うが、いまだ実行していない。

20080815 写真はルドベキア

 (7) 八坂神社

 本書は第一章から第七章まである。かなり分厚い本である。だからと言って、辞典のような超薄い紙を使ってあるわけではないから、恐れることはない。あまり詳しく内容を紹介すると本が売れなくなるから、本書の最後のページあたりを紹介して終わりにする。

 狸たちは新年を迎え、久しぶりで八坂(やさか)神社に参拝した。矢三郎狸は賽銭箱(さいせんばこ)の前に立っていた。すると良い匂いがして、弁天がそばに立った。矢三郎の語(かた)りは次のとおりである。「弁天は微笑(ほほえ)み、ソッと手を合わせて眼を閉じる。しばらく彼女の横顔を眺めてから、私も手を合わせて眼を閉じた。」

 グミ老人も毎年、地元の八坂神社に参拝する。それは、夏祭りのときと決めている。正月には、自宅の近くの諏訪(すわ)神社に参拝し、オフダを買って帰る。ただ、矢三郎と違って、隣に美女が立っていて、呆然(ぼうぜん)と彼女の横顔を眺めている経験などは、残念ながら無い。・・・あるといえば、ある。ないといえば、ない。どうせ過去のことだから、記憶が定かでないというだけのこと。

 今、ふと思ったのだが、私は明治時代末の『吾輩は猫である』3巻の戦後間もなく出版された復刻版を、辞書を引きながら精読している。『有頂天家族』のどこかが『吾輩は猫である』に似ているような気がしてならない。「猫」は小説の語部(かたりべ)であり、狸の矢三郎も語部である。そこが似ているからだろうか。作中の「猫」は人間に化けたり、人間の言葉を話したりはできない。ただ、ものを書くことができる。恐ろしく記憶力のいい猫だと思う。一方、作中の「狸」は人間に化け、人間の言葉を話したり書いたりする。そこに「違い」が存在することは分るが、それでも両者が「似ている」と感じるのは、なぜだろう。

 さて、いよいよ最後になった。本書の続刊は某雑誌に掲載されているようだが、一冊の本として刊行されるまで、しばらく我慢して待っていよう。 

(2008/10/07 本稿完了)

有頂天家族

有頂天家族
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2007-09-25

森見登美彦 著、 幻冬舎

 『寺島町奇譚(全)』 滝田ゆう ちくま文庫

 私、グミ老人は、この本を十数年前に買った。それから、多忙にまぎれて、この本の背表紙を見るだけで年月を過ごした。発行日付が1988(昭和63)年だから、今から20年も前に発行されたわけで、本棚の片隅で古色蒼然(こしょく・そうぜん)たる姿で、読まれるのを待っていてくれたことになる。なお、初出は雑誌への連載で、1968(昭和43)年から始まっている。この本のほかにも、同じ著者の『泥鰌庵閑話(どじょうあん・つれづればなし)上・下』や『滝田ゆう落語劇場(全)』を読んだが、作品としては『寺島町奇譚』が一番良いように思う。

  (1) 吉行淳之介の解説  

 この漫画は、かなり分厚い文庫本だが、巻末の解説は吉行淳之介が書いている。漫画の舞台は東京の隅田川の近くで、今は、米軍のB29の爆撃で焼け野原となった後に再建されたから、漫画の場面とは様子が違っているらしい。作者の滝田ゆうは昭和7(1932)年生まれだから、グミ老人と同じ年に生れたわけで、戦前から戦後にかけて幼少年時代を過ごしたことが、何とも懐かしく、親近感をおぼえる。

 吉行氏は「私は根っからの漫画好きで、・・・大層(たいそう)ハイブラウ(highbrow、知識人向き)のものとして親しんできた。したがって、大部分の劇画には馴染(なじ)めない。まず、絵が下手糞(へたくそ)である。・・・」と書いている。私も、ほぼ同感である。

 更に、吉行氏は続ける。「滝田ゆうの絵の線はあたたかくて人間味がある。・・・私の少年のころ、玉の井の話を聞く機会はしばしばあった。迷路(めいろ)のような路地の入口の屋台で飲む「電気ブラン」という酒の強さのことが、頭に染みついた話のうちの一つであった」――ここでグミ老人はビックリする。先に紹介した『有頂天家族』の中に、「(にせ)電気ブラン」なる酒がしばしば登場するからである。もちろん、吉行氏と違い、グミ老人は「電気ブラン」など見たことも聞いたこともない。吉行氏によると、戦後の電気ブランは濃いワイン色で焼酎(しょうちゅう)くらいの強さだったが、滝田ゆうの記憶にある「電気ブラン」の瓶の色は鮮やかなウルトラマリン(ultramarine、群青色、あざやかな青)だったという。

 吉行氏の解説は、なおも続く。「滝田ゆうの絵の一つの特徴は、「吹き出しに小さな絵が描いてあることである。これが分るようで分らない場合もあり、分る必要もないのだが、やはりはっきりしたほうが落ち着く」――グミ老人も、この「吹き出し」の意味を求めて苦しんだが、猫の「吹き出し」に、三味線と撥(ばち)が描いてあるのくらいは、すぐ意味が分った。

 吉行氏は次のように解説を締めくくっている。「こういう哀しくやさしく淋しく愉しく薄倖のようで豊かな作品は、めったにあるものではない」

  (2) クソババアッ

 クソババアッって誰のこと? 漫画の中の主人公で小学生の「キヨシ」がしばしば発する言葉で、彼の母のことである。読んでみれば分るが、ほんとにオッカナイおばちゃんだ。一家は飲み屋をやっていて、祖母父母キヨシの5人家族で、母が一家の大黒柱(だいこくばしら)らしく、朝食のとき丸い食卓を囲んで座っている家族に、朝寝坊のキヨシは「お父さんオハヨウゴザイマス、お母さんオハヨウゴザイマス、お婆ちゃんオハヨウゴザイマス、お姉ちゃんオハヨウゴザイマス」と挨拶する。――グミ老人は、祖父が村長さんなどと話しているとき、祖母に「挨拶(あいさつ)して来なさい」と言われて、「コンニチワ」と言った記憶があるが、キヨシみたいに家中みんなに毎朝の挨拶をした記憶はない。だから、その、ややこしい場面を見ただけで、この漫画が面白くなってしまう。隣の部屋から覗(のぞ)いている猫の頭から、小学校の小使いさん(用務員)が鳴らす始業の鐘の「吹き出し」が出ている。キヨシの朝食は超特急である。「イタダキマース。ハフハフ、パクパク、ムシャムシャ、パリパリ」で始まり、二杯目は味噌汁を「ザブー」とかけて「シャプシャプシャプシャプ」で終り、続いて「ゴッソーサマー、イッテマイリマース」となる。

 キヨシは母を普段は「カアチャン」と呼んでいる。そのカアチャンが、キヨシが子どもたちとベーゴマをやって遊んでいると、「キヨシッ、遊んでばかりいないで、べんきょうしなさい、べんきょう」と怒鳴(どな)りつける。急に雨が降ってくると、「先いって、早く店の日よけ出しときな」である。便所汲み(当時は水洗トイレなどなかった)が来ると、汲み取り口付近が臭くなるから、キヨシに掃除させる。店の掃除もさせる。お使いもさせる。そして暇さえあれば「べんきょうしな、べんきょう」である。だから、時には「クソババアッ」と言いたくもなる。も、そう言いたいかもしれない。なにしろ、外から帰ってきて座敷に上がると、「うちへはいるときは、足をあらってはいってこいっ!!」と怒鳴られるのだから。ところが、この家の猫はタダモノではない。そおっと遠回りして、いつの間にか2階の物干し場にあがって、蹲(うずくま)っているのだから、たいしたものである。

 戦前・戦中の東京の下町(したまち)の様子が活き活きと描かれていて、そこに住んだ経験のない私にも、「なつかしさ」がこみ上げてくるから不思議だ。これは、当時の日本の町の普通の環境だったのだろう。経験のない者にも、ちゃんと分る風景が、家族が、もろもろの人間関係が描かれているから、一度読んだら(見たら?)忘れられなくなるのだろう。

20080815 写真は初雪草(はつゆきそう)

  (3) 戦時下の歌など

 戦争中の子供たちは、小学生でも大人の歌を歌っていた。替え歌も歌った。「教育勅語」も覚えた。いろんな面白い表現もおぼえた。正しく歌えたかどうか分らないが、歌はよく口ずさんでいた。大人も酒の肴(さかな)に歌を歌った。この漫画の中から、それらの歌や面白い表現を探してみよう。探しているだけで、昔が懐かしくなる。

 探すためには、もう一度『寺島町奇譚』を見なければならない。驚いたことに、1ヶ月ほど前に読了したはずの作品が、初めてお目にかかるように感じた。何もかもが新鮮に思えたのだから不思議だ。こういうのを「傑作」というのだろうか。それとも、作者の魂(たましい)が乗り移っているのだろうか。

 滝田ゆうの別の作品『泥鰌庵閑話(どじょうあん・つれづればなし)』を見れば分るが、彼は酒を飲むと、やたらに歌を歌いたくなる人間だったらしい。歌い方も上手だったようだ。それが『寺島町奇譚』の中の登場人物に歌を歌わせたり、芝居(しばい)の台詞(せりふ)を言わせたりする原因となっているような気がする。歌などの詳細を知りたい人は、図書館などで、1945(昭和20〉年以前の歌謡曲、学校唱歌、軍歌、演劇などを調べてください。

 〔キヨシの口ずさむ歌や言葉〕(内容が変るところに斜線(/)を入れた)

 ノザキマイリィ~ワァ ヤカタブ~ゥネデ マイローか / 轟(とどろ)く筒音(つつおと) 飛びくる 弾丸 荒波洗うデッキの上に 闇(やみ)を貫(つらぬ)く中佐(ちゅうさ)の叫び スギノ~は い~ず~こ~ スギノ~は いずやァ~〈「広瀬中佐」〉 / 好いたァ~女房にィ~ 三下りィ~半ン~を なげて な~がどォす ながァ~の~たァ~びィ~ / きょーうの よーき日は おーぎみのォ~ォ うーまれたまいし よき日ィーなり~〈「天長節」〉 / あーさーは ふーたたァび こーこォにあ~りィー〈「朝」〉 / チンオモーニ ワガコーソコーソー クニハジムルコト コーエンニ トク タツルコト シンコーナリ〈「教育勅語」〉 / キーンシかーがやく十五銭 はえあるヒカーリ三十銭 ホーヨク高い五十銭 たか~い タバコは やめましょう ああ 一億(おく)がァ~ ソンをするゥ~〈「紀元二千六百年」替歌〉 / あーァかァ~い~ ラン~タァ~ン~ ほっのっかっに ゆ~れェ~るゥ~ / あおい セービロで 心もかるく 街へあのこと いーこうじゃないかァ~ / ユーシーマ ト~レェ~バ~ オモ~イ~ダァ~ス~ / で~るに でられェ~ぬ カゴのォ~ 鳥 カーゴの鳥でェ~も チエあ~る~鳥はァ~ しーとめ(人目)ェ しのん~でェ~ イヒッ 正義の味方 クラマテングは いくっ!! / エンジーンの~お~とォ~ ゴ~ォ~ ゴ~ォォ~とォ ハヤブッサッはッ ゆーくぅ~ くーも~ォのォ みねェ~〈「加藤隼戦闘隊」〉 / イロハニ コンペイトウ コンペイトウは あまいよ あまいのは お砂糖 お砂糖は白いよ 白いのはウサギ ウサギははねる はねるはノーミ 蚤(のみ)は赤いよ 赤いのはホオズキ ホオズキは なるよ なるのはオナラ オナラは くさいよ くさいのはウーンコ ウンコは黄色いよ 黄色いのはバナナ バナナは高いよ 高いのは十二階 十二階はコワイよ コワイのはオバケ オバケは消える 消えるはデンキ デンキはひかる ひかるは親父(おやじ)のハゲアタマ~ / テーンニ カワリテ フーギヲウツゥ~ チューユー ムソーォノ ワガヘイハー / とつじょ あらわれた アダチガハラの オニババ じゃじゃ~~ん

 〔キヨシの祖母の言葉

 ねるより らくはなかりけり 浮き世のばかは おきて はたらく / 静岡の おじいさんの おとうとの つれあいの しんせきの おじさんの いもうとの こどもの 孫の またいとこの...

 〔キヨシの父の台詞(せりふ)〕

 山﨑の街道 トボトボ 与市兵衛(よいちべえ)~ あとから でてくる定九郎(さだくろう)~ォ~ 提灯(ちょうちん)ばっさり マックロケーノケ おンや マックロケーノケ / アーノネ オッサン ワシャ カーナワンヨォ / 三つちがいの あにさんとォ~ デデン デ~~ン   

 〔キヨシの姉の歌

 ストトン ストトンと かよわせてェ~ いまさら いやとは どうよくな / およばぬーこととー あきらめーましたー だけど恋しい~あのーひ~と~よ~ ままになる~なら~ いま一度~ 一目だけ~でも あいーぃたァいーの~ / 雨ふーり お月さ~ん 雲の~か~げ~

 〔酒場での大人たちの歌や物売りの声など

 はーなも あらしもー ふーみこーえーてぇ~ ゆ~くがァ おと~この いき~ィるゥみ~ちィ~ / いーとしーの つゥ~まァ~よ な~くじゃァ な~い~ / わたしのラバさァん~ 酋長(しゅうちょう)のムスメ~ / げ~んまい パ~~ンの ほ~や ほやァ~~~ン / ナット ナット~ ナットイ / オートコ いのちーのォ 純情(じゅんじょう)ォ~はァ~ 燃(も)えて かがやく キンの~タァ~マァ~ / じいさーん サーケのんで よーっぱらって しんじゃったァ~ ばーさん そーれみて びーっくりしーて のびちゃった / 月ィ~が鏡であったならぁ~ 恋~し あなたの面影(おもかげ)を~ 夜ごと うつしてみようもの~ こんな気持ちでいるわたし~ ねぇ~ん 忘れや~しないよう~ 忘れるもんですかよォ~ / 徐州(じょしゅう)ぅ~ 徐州ぅと 人馬(じんば)は すすむっ 徐州ぅ~ いよいか すみよいかァ~〈「麦と兵隊」〉 / なりは やーくーざーに やつれェーていてェもー / かーたを なーらべて 兄ィさんと 今日も学校へ いーけるのはァ~ 兵隊さんの おーかげです~〈「兵隊さんよありがとう」〉 / ドーンと ドンとドンと 波のりこォ~え~て~ェ~

 〔犬と猫の喧嘩の声

 猫「フーー」 犬「バウバウ、バウバウ」(bowwow 英語の犬の鳴き声、バォワォ)

 さがせば、まだまだ出てくるとおもうけど、このくらいで、やめにしとこ。最後にひとこと断っておくが、これは大人のための漫画である。子供が読んでいけないなどと野暮(やぼ)なことは言わないけれど、結構内容が高度なのである。近頃、世界中の景気が悪くなってるらしいから、「世紀の発明王トーマス・エジソン愛用による頭寒足熱(ずかん・そくねつ)式健康法の原理にもとずく驚異的(きょういてき)大発明」の「エジソン・バンド」で頭を冷やしてから、買うなり読むなりしたほうが、よろしいのでは。

(2008/10/12 本稿完了)

寺島町奇譚 (ちくま文庫)

寺島町奇譚 (ちくま文庫)
価格:¥ 1,208(税込)
発売日:1988-03

滝田ゆう 著

泥鰌庵閑話 (上) (ちくま文庫)
価格:¥ 866(税込)  滝田ゆう
発売日:1995-07

   

  

2008/05/09

グミ老人の本棚 4

『暦と占いの科学』 永田 久 著 新潮選書 1,260円

20080507_2  写真は躑躅(ツツジ)

 この本は、私が趣味で写真入りの暦(月別カレンダー形式)を毎年作成し 、友人知人などに配布していたとき、暦に旧暦の月名や二十四節気などを記載するため参考にした図書で、昭和60年(1985)から制作をはじめたのち、平成元年(1989)版を制作するにあたり参照した懐かしい本である。今、読み直してみると、いかに、いい加減に読んでいたかが分って、恥ずかしい限りであるが、敢えて書評に取り上げることにした。

 (1) 目  次

 本書の「あとがき」に、「数を手がかりの杖として」と書いてある。書名に「科学」とあるから当然だろうが、数に特別な意味をもたせた人間の知恵が「暦から占いへ」の道をつくった。以下の私の解説(または紹介)は、ほんの要点だけで、面白い話は本書を手にして味わって欲しい。むずかしいことは飛ばして読んでも、かなり楽しい読書になるだろう。

 まず、序章があり、宇宙や数の話がされる。第一章から第七章までが、どうやら「暦」本来の話である。更に続いて、第八章から第十三章までが占いに関係の深い章で、最後に「あとがき」と「参考文献」が載っている。本文挿画:北村紀子、全260ページ(目次とも)で、興味は尽きることを知らない。

 目次とはいえ、かなり難しい漢字が並んでいる。次に読み方を示しておく。なお、目次の漢字等はほんの一例であって、本文を読めば、どう読むべきかに迷う漢字などが、沢山出てくる。それは、本書の特徴であり、楽しさの源泉ともなっている。

序章: 果(は)てしある /  第一章: 惑星(わくせい) /  第二章: 占数術(せんすうじゅつ) /  第三章: 由来(ゆらい)、風変(ふうが)わりな /  第四章: September(セプテムバー) /  第五章: 私生児(しせいじ) / 第六章: 閏年(うるう・どし)、改暦(かいれき)、仏滅紀元(ぶつめつ・きげん)、革命暦(かくめい・れき)、余日(よじつ)、没日(もつにち) /  第七章: 節気(せっき)、割礼年初(かつれい・ねんしょ) /  第八章: 陰陽五行説(おんみょう・ごぎょうせつ)、相生(そうじょう)、相剋(そうこく)、相性(あいしょう) /  第九章: 干支(えと) /  第十章: 予言説(よげん・せつ)、天中殺(てんちゅうさつ)、四柱推命(しちゅう・すいめい) /  第十一章: 八卦(はっけ)、卜占(ぼくせん)、筮竹(ぜいちく)、易(えき)、凶(きょう) /  第十二章: 九星術(きゅうせい・じゅつ)、暗剣殺(あんけんさつ)、五黄殺(ごおうさつ) /  第十三章: 蟹座(かにざ)、占星術(せんせい・じゅつ)、黄道(こうどう)、十二宮(じゅうに・きゅう)

 あとは、本書を読みながら、国語辞典を引いて調べれば分る。特に、「占い」に関することについては、奇妙とも思える読み方の文字があるので、要注意である。

 本書は、西洋東洋日本の珍しい情報を簡潔に、時に丁寧に提供してくれる。昔から「読書(どくしょ)百遍(ひゃっぺん)義(ぎ=意味)自(おのずか)ら見(あらわ)る」と言われている。そのくらいの覚悟で読まねばならない。また、「好きこそ物の上手なれ」ともいう。本書を読む人は、かなりの好き者(好色家の意味ではない)だろうから、これ以上余計な心配は必要ないだろう。

 これから順次、気の向くままに、内容の一部を取り上げてみようと思う。私が本書を手にしたのは昭和63年(1988)、昭和60年(1985)発行の11刷で、初版は昭和57年(1982)であった。昭和63年といえば、実質的には昭和時代最後の年で、それから20年以上経っているが、内容が内容だけに、少しも古さを感じさせない。ただし、定価は830円で、現在の1,260円と比べると約52%値上がりしている。しかし、本は決して高くはない。これは、また、とんだところで、本の弁護をしてしまった。本書では、占いや相性判断などの説明部分で、計算の仕方を示しているところがあるから、つい、それに引きずられたのかも知れない。

 (2) 宇 宙 と 時 間 と 数

 序章では、約200億年前にビッグバン(Big Bang)によって宇宙が誕生し、太陽は50億年前に、我らの地球は45億年前に誕生したことや、宇宙は今も高速で広がっていることなどが説明されている。ただし、最近では、ビッグバンは137億年前に起こったという研究発表があるが、本書の内容に影響するほどのことではない。

 また、2006年8月の国際天文学連合の総会で、太陽の周りをまわっている9個の惑星から冥王星が除外され、太陽系の惑星は8個となったが、占星術では今も冥王星は健在である。冥王星は矮小(わいしょう)惑星の1つとして分類されたが、これまで親しまれてきただけに、代表的矮小惑星という地位を与えられている。太陽から始まる9惑星の名は、次のとおりである。

 太陽水星金星地球火星木星土星天王星海王星冥王星。なお、地球のまわりを回る(つき)は、衛星(えいせい)だが、地上の生物に古来重要な影響を与えてきたので、暦や占いに深く関係し、特別視されている。

 次に、古代中国の数(すう)の表現の話があり、更に日本の数詞の話が続く。参考までに、日本の数詞を並べておく。からまでと(レイ)が無いが、まあ、いいだろう。我々がなじんでいる数は「」までで、それ以上は天文学的数で、実生活には縁がない。

 (ガイ)、(シ)、(ジョウ)、(コウ)、(カン)、恒河沙(コウガシャ)、阿僧祇(アソウギ)、那由他(ナユタ)、不可思議無量大数

 さて、第一章であるが、(moon)の話に移ろう。月が太陽と地球の間に来ると暗黒の月となり、これを新月と呼ぶ。暦では「(サク)」という。三日ほどたつと三日月となり、七日ほどたつと半月、十五日ほどたつと満月で、これを暦では「(ボウ)」という。満月は太陽、地球、月と一直線に並んだときに見える。1ヶ月は29.5日を周期としているから、朔と半月と望は約七日ごとに変る。朔から朔までが1ヶ月だが、朔・上弦・望・下弦・朔という月の変化を見ると、変化の間隔は約7日である。人類は眩しく輝く太陽よりも、月の形の変化を見つめて時を刻(きざ)む尺度とした。こうして、古代バビロニア人は1週間を7日とする考えを確立し、それがキリスト教に引き継がれて不動のものとなった。

 夜の星空を見ていた古代人は、東から西へと移動する星の並び方が不変であることを知ると同時に、五つの星だけが並びを乱して明るく輝きながら動いていることに気づいた。それが水星・金星・火星・木星・土星で、これらを惑(まど)う星、すなわち惑星と名づけた。彼らは、惑星には神が宿ると考え、そこから占星術が生れた。人類に惑星よりも遥かに強い影響を与えたのは、太陽と月であった。これら二つの星が五惑星に加えられて、七つの曜日の名が決まった。

 16世紀にポーランドの天文学者コペルニクスが地動説を発表し、それまで地球が宇宙の中心と考えていた天文学や神学は、根底から覆(くつがえ)された。その後、ニュートンの万有引力の法則や、天王星、海王星の発見が相次ぎ、占星術などを改めなければならなくなったが、「1週間は7日」という考え方に変化はなかった。

 第二章では、聖書の聖数「」や仏教の聖数「七」の話が中心である。7×7=49(四十九日の法要)や七福神など、面白い話が述べられていて、難しいが楽しい。

 第三章では、曜日名の話のほかに、週5日、週6日などの話がある。このうち、「六曜」について、本書の内容の要点を紹介しておこう。

 六曜とは中国「漢」の時代の「六行説」が「五行説」によって敗れ去った名残(なごり)で、日本には室町時代に伝わったが、次第に迷信的な要素が強くなったため、江戸幕府もしばしば禁令を出していた。明治になって新暦(太陽暦)が採用されたとき、影をひそめていた六曜が禁止の対象とならなかったため、過去の禁制をすりぬけ、七曜だけのカレンダーでは寂しいという理由で、復活したものである。

 六曜とは、先勝(さきがち)、友引(ともびき)、先負(さきまけ)、仏滅(ぶつめつ)、大安(たいあん)、赤口(しゃっく)のことで、旧暦(太陰太陽暦)の1月と7月の1日を先勝、2月と8月の1日を友引、3月と9月の1日を先負、4月と10月の1日を仏滅、5月と11月の1日を大安、6月と12月の1日を赤口とする。1ヶ月がどの六曜で終ろうとも、次の月の1日の六曜は決まっているので、不連続になることが多く、そこに神秘性が感じられ、迷信としての楽しさがあるのかも知れない。

 六曜の意味は、次のとおりである。

 先勝〔午前中が吉〕、友引〔もともと留連(りゅうれん)といって、勝負なしの日であったが、(ゆういん)と読むようになり、漢字の友引をあてはめ、葬儀を出すのは「友を引く」といって嫌った〕、先負〔午前中を凶(きょう)とする〕、仏滅〔元来は空亡(くうぼう)だったが、虚亡(きょぼう)と変り、全てが虚(うつ)ろで空(むな)しいの意から「物滅(ぶつめつ)」となり、お釈迦(しゃか)様も功徳(くどく)がなくなると考えられて「仏滅」となった。万事に凶とされる〕、大安〔もとは泰安(たいあん)で、万事に吉〕、赤口〔赤口日(しゃっこうにち)ともいう。木星の東門を守る赤口神(しゃっこうしん)の配下(はいか)に八大鬼(はちだいき)がいて、そのうちの一人の八獄卒神(はちごくそつ・しん)という神が神通力で人を惑(まど)わすことから、この日を赤口日といい、悪日とされた。木星の西門を守る神の配下の羅刹神(らせつ・しん)の当番日の赤舌日(しゃくぜつにち)と混同されたが、今は使わない〕

 第三章の最後には、ギリシア・ローマや世界各国の曜日名が載っていて、興味深い。

20080522 写真はアザレア(中国原産、西欧で改良、別名オランダツツジ)

 (3) 暦いろいろ、十二ヶ月名、グレゴリオ暦

 第四章では、まず、外国語の数の呼び名の話がある。面白いが、面倒臭くもある。著者は「読み飛ばして」もよいと言っている。

 続いて、太陽暦の話になる。古代エジプトでは、1ヶ月を30日とし、1年12ヶ月に5日を加え365日とした。これを、著者は、「なかなか本格的な暦」といっている。

 現在のグレゴリオ暦は古代ローマの暦から始まる。紀元前8世紀のロムルス暦は1年を10ヶ月とした。これは太陰暦で1年304日であった。約60日不足するが、この期間は冬の寒い時期で、農作業も戦争もできないから無視したのだという。この、ロムルス暦の欠点を補ってできたのがヌマ暦で、10ヶ月のあとに2ヶ月を加えて1年12ヶ月とした。加えた月は、十一月がヤヌアリウス(Januarius、29日)、十二月がフェブルアリウス(Februarius、28日)であった。これで、1年が355日となった。古代ギリシア・ローマ人は奇数を神聖視したから、偶数の1年356日は嫌われたのだという。ヌマ暦は途中で(紀元前2世紀)改革が行なわれていて、年末に加えた2ヶ月を年頭に持ってきている。十一月だったヤヌアリウスはローマの門神ヤヌス(Janus)の名をとったもので、年初にふさわしいと考えられたようだ。

 改革されたヌマ暦では、1ヶ月が31日の月が4、29日の月が7、28日の月が1となった。この28日の月が、二月すなわちフェブルアリウスである。こうして出来上がった暦は、年頭に2ヶ月を加えたため、当初一月だったマルティウス(Martius)が、ずれて、三月になった。以下同様である。

 第五章では、12ヶ月の名の由来が述べられる。古来、三月は、太陽が真東(まひがし)から昇る春分(しゅんぶん)があって、年頭にふさわしいと考えられ、一月であった。そのほか、六月、二月、一月、四月、五月の由来があり、興味深い。なお、この章の最後には、ラテン語や世界各国語の月の名の一覧がある。

 ここには、日本の月の名を紹介しておく。本来、旧暦(太陰太陽暦)で使われていた名称で、現在使われている新暦(太陽暦)に当てはめるには無理がある。

 睦月(むつき、睦みの月、1月)、如月(きさらぎ、草木の生更ぐ月、2月)、弥生(やよい、いや生いの月、3月)、卯月(うづき、卯の花の月、4月)、皐月(さつき、早苗の月、5月)、水無月(みなづき、梅雨後の水枯れ月、6月)、文月(ふみづき、星に詩歌を捧げる月、7月)、葉月(はづき、葉が落ちる月、8月)、長月(ながつき、夜長月、9月)、神無月(かんなづき、神が出雲へ集まる月、10月)、霜月(しもつき、霜降り月、11月)、師走(しわす、法師が読経に走る月、12月)

 今は5月の晴天を「五月(さつき)晴れ」と言っているが、本来、これは、旧暦5月の梅雨の合間の晴天のことである。すなわち、現在の暦では6~7月の晴天のことで、誤用もハナハダしい。このような間違いに鈍感な知識人が多いのには、ただアキレルばかりである。当然のことながら、五月雨(さみだれ)は梅雨時(つゆどき、6~7月)の雨である。佐佐木信綱作詞の唱歌「卯の花の匂ふ垣根に、時鳥(ほととぎす)早(はや)も来鳴きて」の題名は「夏は来ぬ」で、卯の花の匂う月とは現在の5~6月をさす。卯の花の季語は夏である。

 第六章では、現在使われているグレゴリオ暦や、イスラム暦、イラン暦、ビルマ暦、フランス革命暦、余日、没日(もつにち)、紀元の話が述べられる。キリスト紀元とキリスト誕生が一致しないことなど、興味深い話がのっている。

 ここで、グレゴリオ暦の改暦に触れておく。古代ローマ帝国の基礎を確立したユリウス・カエサル(Julius caesar、英語でジュリアス・シーザー)は、1年を365.25日とし、4年ごとに366日の閏年(うるうどし)を設けた。それだけでなく、彼は自分の誕生月の7月をユリウスと改名した。英語ではジュライ(July)である。これをユリウス暦という。ユリウスが暗殺された後、妹の孫アウグストゥス皇帝(Augustus)は、一時暦が乱れたのを正しくし、8月を30日から31日に変え、自分の名をつけた。英語ではオーガスト(August)である。

 それでも誤差が大きかったのを、ローマ法王グレゴリウス13世が、閏年の規則をつくって誤差が最小になるよう改めた。これが現在使われているグレゴリオ暦である。実は、1太陽年は365.24219879日だから、将来誤差を生じるが、3319年に1回の誤差だから、心配することはない。

 日本では、明治5年(1872)12月2日の翌日を明治6年1月1日としてユリウス暦を採用、明治33年(1900)に初めてグレゴリオ暦を採用して、今日に至っている。

 (4) 二十四節気

 第七章では「二十四節気(せっき)」を扱う。二十四節気は2000年も前の中国の書物に書かれていた。日本では神宮館の暦などに載っているが、TVなどでも放送している太陽暦である。太陰暦は天空の月を基準とするため、どうしてもズレを生じ、農耕や収穫に支障を生じるので、太陽暦の二十四節気を暦に併記した。日本の旧暦も同様で、太陰太陽暦という。写真や絵に重点をおく今のカレンダーは、ほとんどが数字だけの暦で、味も素っ気もない。少なくとも、新月と満月、それに二十四節気は載せるべきである。

 ここでは、二十四節気を簡単に示しておく。ただし、古代中国の黄河(こうが)流域の季節感がもとになっているから、日本の季節感に合わせて少し修正して利用するとよい。

 立春(りっしゅん)、春が始まる、年が始まる、太陽暦で2月4日ごろ /  雨水(うすい)、氷が解け雨が降る、2月19日ごろ / 啓蟄(けいちつ)、虫が地上に這い出す、3月6日ごろ / 春分(しゅんぶん)、昼夜の長さが同じ、彼岸の中日、3月21日ごろ / 晴明(せいめい)、さっぱりと明るくなる、4月5日ごろ / 穀雨(こくう)、穀物に必要な雨が降る、4月20日ごろ / 立夏(りっか)、草が茂り木が葉を出す、5月6日ごろ / 小満(しょうまん)、麦が穂をつける、5月21日ごろ / 芒種(ぼうしゅ)、芒(のぎ)のある作物、すなわち稲を植える時期、6月6日ごろ / 夏至(げし)、昼が最も長い、6月21日ごろ / 小暑(しょうしょ)、ちょっと暑くなる、7月7日ごろ / 大暑(たいしょ)、大いに暑い、7月23日ごろ / 立秋(りっしゅう)、夏の真っ盛り、作物の収穫、残暑、8月8日ごろ / 処暑(しょしょ)、暑さが一段落、8月23日ごろ / 白露(はくろ)、葉の上に白い露、9月8日ごろ / 秋分(しゅうぶん)、昼夜の長さが同じ、彼岸の中日、9月23日ごろ / 寒露(かんろ)、冷気で露が凍(こお)る、10月8日ごろ / 霜降(そうこう)、霜がおりる、10月23日ごろ / 立冬(りっとう)、保存用の食物を蓄える、冬に入る、11月7日ごろ / 小雪(しょうせつ)、雪がちらちらする、11月22日ごろ / 大雪(だいせつ)、大いに雪が降る、12月7日ごろ / 冬至(とうじ)、日照時間が最少、日射しが日一日と長くなる、12月22日ごろ / 小寒(しょうかん)、寒(かん)の入り、1月5日ごろ / 大寒(だいかん)、大いに寒い、1月20日ごろ。

 古代中国では、最初、冬至を年初としたが、のちに春分を年初とするように改められた。なお、二十四節気のほかに、七十二候(こう)というのがあったが、細かすぎるので使われなくなり、今では半夏生(はんげしょう、7月2日ごろ)だけが残り、田植えの最終日や梅雨(つゆ)明けの目安(めやす)とされている。

 ここで、国語辞典によって、中元(ちゅうげん)の意味を追加しておく。もと道家(どうか、道教)の語で、一年の根本(こんぽん)をさす。上元(1月15日)、中元(7月15日)、下元(10月15日)を三元といい、仏教に取り入れられて、盂蘭盆(うらぼん)を行なった7月15日を中元といった。今では、7月初旬から7月14、15日までの間に行なわれる、顧客や恩顧を受けた人への物品の贈答をさす。

 (5)陰陽五行説、干支(十干十二支)など

20080617_3 写真は昼咲き月見草

   第八章では、ギリシャのアリストテレスの四元説、すなわち万物は乾と湿、冷と熱の4つから成るとする話や、アナクシメネスの地水火風とエーテルから成るとする五大元素説、インドの空・風・火・水・地の五輪(ごりん)の話が続く。更に、週7日の日月火水木金土は、陰陽五行説(おんみょう・ごぎょう・せつ)からきたもので、西洋の曜日の翻訳ではないという話が続く。もともと中国には陰陽説(いんよう・せつ)と五行説があり、それが日本に伝来して組み合わさり陰陽五行説になったという。陰陽説は日本では陰陽道(おんみょうどう)と呼ばれている。

 陰陽五行説には五行配当というものがある。東西南北+中央で五、春夏秋冬+土用で五、肝臓・心臓・脾臓(ひぞう)・肺臓・腎臓(じんぞう)を五臓というなど、五に関するものが続々と出てくる。五節句(ごせっく)とは、人日(じんじつ、1月7日、七草)、上巳(じょうし、3月3日、雛人形を飾る、桃の節句)、端午(たんご、5月5日、男子の節句、鯉のぼり)、七夕(たなばた、7月7日、星祭)、重陽(ちょうよう、9月9日、菊の節句、不老長寿を願う)をいう。

 さて、次に五行相生(そうじょう)と相剋(そうこく)の話が出てくるが、ここでは相生について簡単に紹介しておこう。木火土金水(もくかどこんすい)の相互関係の話である。

 は火を生ず(木が燃えて火となる)、は土を生ず(燃えたあとの灰は土となる)、は金を生ず(土が集まり山となって、山から鉱物すなわち金属が出る)、は水を生ず(鉱物は腐蝕して水に帰り、溶融すれば液体となる)、は木を生ず(水を養分として木が育つ)。こういう関係を「互いに助け合う良い関係」すなわち相生としたのである。相剋は逆の関係で、木土水火金の順序になる。相生は、のちに相性(あいしょう)と変り、合性と書かれて、男女の性格の一致や縁談に使われるようになった。なお、茶道にも五行があり、季節にも五行があるが、それは本書をよく読んでいただきたい。また、各季節に土用があるが、これも本書を読んでいただけば納得いくはずである。

 次は第九章である。干支(えと)や「聖数三」の話がされる。ここでは干支だけを取り上げてみる。干支を「かんし」と読まず「えと」と読むのはなぜか。干支は十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせたもののことである。まず、十干とは何か。甲乙丙丁戊己庚辛壬葵の10文字で、10進法の1から10までの数の名であった。それが陰陽五行説に取り入れられて、次のような読み方が行なわれるようになった。

 甲乙(こう・おつ)⇒木(き)、丙丁(へい・てい)⇒火(ひ)、戊己(ぼ・き)⇒土(つち)、庚辛(こう・しん)⇒金(かね)、壬葵(じん・き)⇒水(みず)

 更に、十干の甲丙戊庚壬は陽数で兄()とし、乙丁己辛葵は陰数で弟()とした。すなわち、陽と陰を兄と弟で表わしたわけで、十二支とは関係ない。読み方は次の通りである。

 甲(きのえ)、乙(きのと) /  丙(ひのえ)、丁(ひのと) /  戊(つちのえ)、己(つちのと) /  庚(かのえ)、辛(かのと) /  壬(みずのえ)、葵(みずのと)

 あとは、本書をユックリ読んでいただくことにして、第十章十二支の話を紹介しよう。十二支(じゅうにし)は、もともと月を数えるための序数であった。約30日が周期で、12回数えれば、再び同じ季節がめぐってくる。暦は月が基準だから、旧暦すなわち太陰暦で、11月を子(ね)として数え始める。すなわち、次の通りである。

 (ね、シ、11月)、(うし、チュウ、12月)、(とら、イン、1月)、(う、ボウ、2月)、(たつ、シン、3月)、(み、シ、4月)、(うま、ゴ、5月)、(ひつじ、ビ、6月)、(さる、シン、7月)、(とり、ユウ、8月)、(いぬ、ジュツ、9月)、(ゐ、い、ガイ、10月)

 十二支は農耕生活を反映する自然暦で、草木の芽生えから、成長、収穫、そして再び大地に入って発芽を待つ、と考えるのが自然である。それを次に簡単に示しておく。

 (ね):草木の種子が芽生え始める / (うし):草木の芽が蕾(つぼみ)の中にある / (とら):草木が地中で成長の時を待つ / (う):草木が地面を押し分けて萌え出す / (たつ):草木が活力をふるって伸びる / (み):草木が盛りを極めて止まる / (うま):草木が衰え始める / (ひつじ):木の枝葉が茂り、草木が成熟する / (さる):草木が十分に伸びきった状態 / (とり):草木の熟した実を壺(つぼ)に入れて絞(しぼ)るとき / (いぬ):木が刈(か)りとられ、草木は滅び行く / (い):草木が生命を閉ざして地中にある

 子(シ)をネズミ(鼠)とする理由など、詳しくは本書を参照願いたい。また、(シ)は蛇のクネクネとした形を表わし、(イ、やむ、すでに、のみ、ああ)や(キ、おのれ、つちのと)と似ているので、注意を要する。

 十二支と方位、十二支と季節、十二支と時刻、西暦年の干支の算出法、丙午(ひのえ・うま)、四柱推命など、面白い内容(時には難しい内容)は省略する。ただ、干支とは関係ないが、長寿の祝いの名称の解説が載っているので、次に記しておく。

 古稀(こき、70歳):唐の詩人杜甫(とほ)の詩「人生七十古来稀(まれ)なり」から / 喜寿(きじゅ、77歳):「喜(き)」の草書が七十七と読めるから / 傘寿(さんじゅ、80歳):傘の字が八と十の間に人のいる字形であること、また傘の略字が八十と読めることから / 半寿(はんじゅ、81歳):半の字形が八十一を組み合わせたものに見えるから / 米寿(べいじゅ、88歳):米の字を分解すると八十八になるから / 卒寿(そつじゅ、90歳):卒の俗字が「卆」で、九十に見えるから / 白寿(はくじゅ、99歳):百から、上の横線(一)を除くと「白」となり、100-1=99だから / 皇寿(こうじゅ、111歳):皇の字を分解すると百十一になるから

 第十一章に「八卦の論理」、第十二章に「九星術のロジック」、第十三章に「ホロスコープの科学」があり、いずれも数学的な解明がなされているが、それらは本書を手にした方々の自由に任せようと思う。八卦(はっけ)は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などと言われる。ロジックは「論理(logic)」、ホロスコープは「占星術(horoscope)」。

 作詞作曲家が歌をつくり、歌手が歌って人々に感動を与える。本書の著者が作詞作曲家にあたり、読者が歌手にあたるとしたら、本書を読んで多くの人々に感動を与えることが出来るかどうかは、ただ「神のみぞ知る」ということになるのだろうか。

〔2008.9.20.本稿完了〕

暦と占いの科学 (新潮選書)
価格:¥ 1,260(税込) 永田 久 著
発売日:1982-01

2008/03/10

グミ老人の本棚 3

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幕末下級武士の絵日記(相模書房)    タバコ有害論に異議あり(洋泉社)

 『幕末下級武士の絵日記』 大岡敏昭著 相模書房 1,470円

20080110 写真は南天の紅葉

 書名には「下級武士」とあるが、絵日記を書いたのは中級武士で、一時下級武士に格下げされた期間のものである。従って、下級と中級の両身分の生活が分かる。下級と中級が普通の武士の身分であるから、まさに本書は両身分の詳細を知る便利さを備えた貴重な存在と言えよう。一言付け加えておくが、正式には武士に上中下の区別はなかった。現代人に分りやすいようにした、便宜的区分である。

  (1) 目次と日記作者のこと

まえがき /  一章 石城(日記の著者)の一週間 /  二章 石城たちが暮らした城下町 /  三章 自宅の風景 /  四章 友人宅の風景 /  五章 中下級武士の住まい /  六章 寺の風景 / 七章 料亭の風景 / 八章 世相と時代 / 九章 ふたたび自宅の風景 / あとがき

 この絵日記は、江戸から60kmほど北の熊谷市の東隣、利根川と荒川に挟まれた地の埼玉県行田市で発見された。江戸時代末期の忍藩(おし・はん)松平氏十万石の武士、尾崎石城の「石城日記 全七冊」である。日記は、自宅、友人宅、寺、料亭などでの人々の暮らし方が文章と挿絵で構成され、恐らく現在発見された唯一の形式の日記らしい。

 石城は江戸詰めの庄内藩士(はんし)の子として生まれ、忍藩の中級武士の養子となった。若気(わかげ)の至りか、水戸藩の尊皇攘夷(そんのう・じょうい)を支持し、忍藩の藩政を論じたため、自宅謹慎を命じられ、下級武士の身分に下げられてしまった。百石(ひゃっこく)の身分から十人扶持(ぶち)になってしまったわけで、かなり厳しい処分であった。石城は養子に入った家を出て、妹が嫁(か)した家に入ったが、彼には文才と画才があり、随筆、詩を書き、軸物絵、屏風絵、襖絵などは友人知人からの注文も多く、子供たちに手習いなどを教えて生計を立てていた。また、当時の室内照明器具の行灯(あんどん)にも、頼まれて絵を描いていた。

 絵日記は石城33歳の六月から、翌年一月八日に赦命(しゃめい)されるまでの半年ほどの間の生活描写である。そこに記された内容は、封建的身分制の中で生きた人とは思えない豊(ゆたか)なもので、現代の金銭的物欲的な人間関係とは明らかに違い、友人知人との付き合いは密接で頻繁(ひんぱん)であった。20071210

 写真はラッパ水仙

 (2) 家屋と日常生活

 中級と下級では住む家も違う。藩の財政事情によっても違うが、現在の自己中心的な、閉鎖的な間取りではなく、道路に向けて開かれた明るさが感じとれる。玄関の出入り口が引き戸式で、ドア式でないのは、日本独特と言われている。南面する客間には、庭に面して濡れ縁(ぬれえん)があり、訪問者は濡れ縁に腰掛けたり、そこから座敷に上がったり、また正式に玄関から座敷に上がったりしていた。道路から見られないように、天気のよい日もカーテンを引いて内部を隠している現代の居住方式とは大違いである。

 特筆すべきは、「第五章 中下級武士の住まい」である。先ず、武士の給料の話が出てくる。その次に、武士の住まいの話で、亀田藩、庄内藩、金沢藩、飯田藩、忍藩、盛岡藩、松本藩、高遠藩、福岡藩の中下級の武家屋敷の間取り図が示され、古代からの変遷に及んでおり、現代の西洋式住宅との比較もなされていて興味深い。今の日本人は、一度、自然を取り入れた日本式住居に戻ってみたらどうだろう。地球温暖化で騒ぐこともなくなる。但し、パソコンは使えなくなるかも知れないが。そうなればなったで、筆で絵日記をつけ、絵入りの手紙を書けばよいだろう。

 絵日記を読み始めて、先ず食物の種類の多さに驚いた。しばしば友人たちと料理屋に行き、女将と一緒に歌ったり踊ったりしながら食事する。友人が何かを持って訪れて、家族を交えて楽しい時を過ごすこともあった。時には、寺の行事の準備も手伝った。

 自宅では、読書や書き物をする。庭の草刈り、花壇の手入れ、植物の移植、食料の野菜作りなど、ボンヤリ一日を空費することなどない。実に活き活きとした生活で、これが罰を受け身分を下げられた人間の生活かと疑いたくなる。

 特に武士たちは読書が好きであった。書店などないが、行商の本屋が本を積み重ねた包みを背負って、家々を回って歩いた。友人同志での本の貸し借りもあった。夏とはいえど、樹間を吹き抜けてくる風は涼しい。エアコンなど不用であった。それに、下級武士のお城勤めは毎月1回程度であった。忍藩の城下は、お城を囲んで武家屋敷や町人地が並び、多数の水路が通っていた。

 石城は、医者にかかる費用を友人から借りるほど貧しいときがあるかと思えば、友人宅での酒宴では、マグロ・鯛・秋刀魚(さんま)の刺身(さしみ)、焼き魚、玉子(たまご)、鶏肉、茶碗蒸し、松茸、田楽(でんがく)、寿司(すし)などの料理を食べていた。ふだんは、野菜と豆類が多く、時々魚介類がまじり、特に豆腐(とうふ)を食べることが多かった。なお、年越し蕎麦(そば)は今は年末31日の夜食べるが、当時は元旦に食べたという。

 蟄居(ちっきょ)を解かれた陰には、親友の中級武士の力添えもあったであろう。七草を過ぎた旧正月八日に許されたときの、まるで正月が来たような気分だと書いてあるところを読むと、さぞや辛かったであろうと同情の念が湧いてくる。江戸にいる母親が石城に当てた手紙は、当時の教養ある女性が、どんな文章を書いたかが分って興味深い。

 石城の文章も、母親の文章も、もちろん江戸末期の武士言葉だが、本書では簡単な解説文がついているので、意味不明ということはない。しかし、何と言っても江戸時代の武士言葉であるから、そうそう手軽に読めるわけではない。明治時代に言文一致体が奨励され、それを実現した代表作家が夏目漱石だと言われているが、今でも書き言葉と話し言葉には違いがある。江戸時代の武士の使った言葉を学ぶのも、乱れた話し言葉が流行し、書き言葉まで変えてしまう現代においては、教養人となるために必要なことと言わねばなるまい。20080117_2

写真は初雪の風景

 さて、これは余談となるが、将軍家へ降嫁(こうか)の皇女和宮(かずのみや)の御駕篭(かご)の行列が熊谷を通ることになり、忍藩の下級武士たちも道中警護の任にあたることになった。長い間の平和に慣れていた武士たちにとっては、身支度(みじたく)だけでも大変であり、また想像だにしない御目出度いことでもあった。一家をあげて主人の出立(しゅったつ)を祝い見送ったことは勿論、無事大任を果たして帰宅した時も皆で祝った。ただし、石城は謹慎の身で、公的場所への出仕(しゅっし)は禁止。

 (3) 母の手紙

 「此御地ニても元日初いろいろの御事御さ候て、誠ニおたやかならぬ事ニ御座候。此節の世からニてハ御國のしつかにてよろしくと存候。跡先ながら、冬ニてハ歳暮御文下され、殊ニ何寄の御品御祝ひ下され、誠にうれしくさっそく色々にてうほういたし候。...そもじどのニは御酒はあまりすきぬ様御上り成さるへく候。」

 読みやすいように、次に説明をつけてみた。かな文字には濁点をつけない、平仮名のかわりにカタカナを使う部分がある。母親は石城が酒好きなのを知っていて、諌めている。息子の石城は、母の心配を察して「はい、はい」と殊勝な返事をしていたが、酒をやめたとは、とうてい思えない。

 此=この。 此御地=こちら、江戸。 いろいろの御事=昨年桜田門外の変で大老(たいろう)井伊直弼(なおすけ)暗殺。2年前には安政の大獄、橋本佐内、吉田松陰ら処刑。石城日記を書いている最中には、坂下門外の変で、老中(ろうじゅう)安藤信正暗殺。 ニ=に。 ハ=は。 御さ候て=ござそうらいて、あって、発生して。 誠ニ=まことに。 おたやか=おだやか。 御国=忍藩城下。 しつかにて=静かにて。 何寄の=なによりの。 御祝ひ=お祝い。 てうほう=重宝(ちょうほう)、役に立つ。 そもじ=あなた。 すきぬ様=過ぎぬよう。 御上り=おあがり。 なさるへく=なさるべく、・・・するように。

 ここで、赦免された朝の、石城の文を紹介しておこう。

 「夙に起、門外四面掃除し、新に春を迎えしかのことし」

 夙に=つとに、早くから。 起=おき、起床し。 門外=門の外、道路など。 四面=東西南北。 新に=あらたに。 ことし=如し、ごとし、・・・のようである。 (晴れ晴れとした気分で、嬉しくてたまらない様子が、短い文から読み取れる。)

 (4) 本書の著者

 大岡敏昭(おおおか・としあき)。昭和19年(1944)、神戸に生まれる。九州大学大学院博士課程修了、工学博士。現在、熊本県立大学教授。

〔2008/03/11 本稿完了〕

幕末下級武士の絵日記―その暮らしと住まいの風景を読む

幕末下級武士の絵日記―その暮らしと住まいの風景を読む
価格:¥ 1,470(税込)

大岡敏昭 著

相模書房

20071117  写真はツワブキの咲く庭

 『タバコ有害論に異議あり!』

 名取春彦・上杉正幸 著 洋泉社(新書判) 819円

 (1) 概  要

 現在は日本中が、いや世界中が「タバコ有害論」に満ち満ちている。日本の調査捕鯨船を妨害する団体などの比ではない。

 何ゆえに、タバコをこの世から消し去ろうとするのか。著者は冷静な科学的考察をもって、タバコを弁護している。犯罪者でも最高裁まで争うことが許されている。タバコは政府も一体となって反対運動を展開している。この奇妙な現象を、どうみるか。一度、本書を斜め読みでもいいから、読んでみてはどうか。

 以上のような次第で、読み始めたが、これは結構難しい。けれども、読むほどに興味深々であった。団体運動が如何に「いいかげん」なものであるかも分った。

 要点は、たった一つである。日本では国立がんセンターの疫学部長だった医師が大規模調査を実施し、その結果を「いいかげんな」グラフで示した。当時の厚生省も無条件で、その結果を認めた。あらかじめ知らされていた新聞各紙も同調した。科学者として、いい加減なグラフを発表していいかどうかは、不問に付された。タバコの嫌いな人々は、喜んで反対運動に精を出した。「タバコを吸うとガンになる」と皆が、ガンが何であるかを知らない学者や医師や一般国民が、そろって「いいかげんな」調査結果を歓迎したのである。

 本書を読んでいて特に興味を持った部分がある。それはイギリスの心理学者の「性格の違いによるガン死亡率」という研究である。タイプⅠはガン・タイプで、理想を追い求め、願いがかなわなければストレスがたまり、自分はダメ人間だと1人で悩む。タイプⅡは心臓病タイプで、理想を追い求め、うまくいかないと、それを他人のせいにし、無力感を抱きながら怒鳴り怒る。タイプⅢは両面型で、タイプⅠとⅡを交互に繰り返す。タイプⅣは自律型で、自分の理想を冷静に見て、見込みがないと分れば、諦めて別の道をさがす。この研究調査では、タイプⅠの人は、すべてガンで死亡している。なお、ここでいう性格とは、生まれつきのものをさすのではなく、普段の行動様式のことで、本人の考え方次第で変えることができる。

 ガンの原因は多種多様にわたり、大気汚染、農薬汚染、工場の排気ガスなど、数え上げたら切りがない。タバコだけを敵(かたき)呼ばわりするのは、長い歴史を持つタバコに失礼である。

 本書の著者は二人、1人はガンセンターの医師を経て、放射線科に勤務する医師、もう1人は健康やスポーツ問題を研究する専門家である。二人とも、「絶対安全」などと言ってはいない。「清流に魚住まず」、「今日も元気だ、タバコがうまい!」と言える世の中をつくりたいと言っているだけなのだ。病院内の医師専用の休憩室で、医師たちはどうしているのか、これはちょっと面白い秘密事項だ。

 あとは、本書に興味のある人が読んで下さればよい。私は強制はしない。強制したところで、科学的な思考に縁のない人々には、無駄だと分っているからである。ただし、次の「タバコの効用」についての知識ぐらいは、知っていて損はないだろう。

  (2) タバコの効用

 1.覚醒作用: 長距離ドライブで眠気を感じたら、タバコを吸うに限る。

 2.リラックス作用: 仕事がひと段落したときタバコを吸うと、緊張した脳をリラックスさせてくれる。心の病の防止になるのではないか。

 3.発想の転換を促す: リラックスすることにより、神経回路がほぐれ、違った回路が生まれる。「ま、一服どうですか」で、商談がまとまる。

 4.気付け作用: 思考力を低下させる精神安定剤より、タバコは優れている。タバコは興奮を鎮めながら、思考力を保つ。

 5.痴呆症の予防の可能性が大きい: アルツハイマー病の進行を遅らせる。脳血管性痴呆(最近は認知症という)の症状を改善する。徘徊、幻聴、妄想を予防する。タバコには抗癌物質が含まれているという研究報告もある。

 6.喫煙所は自由人たちの社交場: 視野を広げたい人は、喫煙所に行くとよい。「こんな時代にタバコを吸うことは、時代の流れに左右されない人間であることの証(あかし)でもある」 ただし、政府や上司の命令を無視してタバコを吸う自由人は出世しないだろう。

 「タバコの効用」の要点は以上である。人間社会に絶対などというものはない。絶対は、キリスト教やイスラム教の神だけで十分である。人間は、禁煙論者であっても、もっと柔らかく柔軟に生きたほうがよい。百歳を過ぎても「タバコ大好き」と言う人たちがいる。きっと、心の平安を保って、幸せに生きている人たちだろう。2008315

 写真は遅咲きの梅の花

  (3) 私自身の煙草歴 

 この本はタバコの弁護に終始しているわけではない。ガンの話も、かなり詳しい。モウモウたる煙の中で仕事をし、会議を開き、煙の立ち込める列車に乗って移動することの害についても述べている。

 私(グミ老人)自身も若いときは紙巻タバコの愛好者であった。それでも他人の吐き出したタバコの煙の中で我慢しているのは嫌いだった。老人になった今、私はバイプ煙草を自宅の自室だけで吸っている。それも、物を書く時に吸うことが多い。外出する時は、ポケットに紙巻タバコを入れない。吸いたいとも思わない。だから友人知人は、私を禁煙者だと思っている。

 あるとき、喫煙に関する調査に出会ったことがある。質問の中に「タバコは一日何本吸いますか」というのがあった。質問をつくった人たちは、「タバコと言えば紙巻タバコ」と思っているらしい。パイプ煙草とか葉巻は念頭にないらしい。そんな調査で、どんな統計を出すのだろうかと、私は疑った。

 私は、老人と呼ばれる年齢が近づいてきた時、紙巻タバコを灰皿と一緒に目の前に置いて、一ヶ月禁煙したことがある。パイプ煙草についても、同様の実験をした。そして、煙草がなくても生きていけることを確信した。そのあと、紙巻タバコ(シガレットcigarete)をやめて、シガリロ(cigarillo、細巻き葉巻)、パイプ煙草(pipe tobacco)や葉巻(シガー、cigar)に切り替えたのである。煙は口の中だけでかき回し、咽喉(のど)へは吸い込まないようにしている。胸部レントゲン撮影をした医師は「奥さんから猛烈な喫煙者だと聞いていたが、肺は汚れていませんね」と首をかしげた。他人が何と思おうと、私は厳然たる煙草愛好者である。

 私の喫煙歴は少年時代から始まった。体調を崩して寝ていた祖母が「タバコが吸いたい」というので、「じゃあ、火をつけてあげる」と言って、ちょっと吸ってみたのが切っ掛けだった。祖母が吸っていたのは、江戸時代に流行した「刻(きざ)みタバコ」で、今でも映画などで見ることができる、あの、煙管(きせる)を使って吸うタバコであった。

 私の亡父は禁煙論者だった。若い時から煙草を吸わなかった。それには、次のような理由があった。直接、私が父から聞いた話である。

 父は少年時代に、もっと正確に言えば旧制中学時代に、友人から煙草を吸うことを勧められた。気軽に、もらった煙草を吸って、烈しく咳き込み、気分も悪くなり吐き気がして、まさに死ぬ苦しみを味わったという。それ以来、父は煙草を吸わなくなった。そして戦後、煙草を吸えばガンになるという科学記事を読んで、私にも禁煙を迫った。

 母は、「煙草をやめなさい」などとは一度も言わなかった。私の父方の祖父も祖母も煙草を吸っていた。しかし、母の両親は煙草を吸わなかった。兄弟でも、私だけが煙草を吸い、酒を飲んだ。「いったい誰に似たのだろう」と母に言われたような記憶がある。

 今、私は、酒をやめたけれど、煙草はやめない。もちろん、前述のとおり、紙巻タバコは吸わないが。そして、パイプをくゆらしながら、どんな文章を書こうかと考えるのは、私にとって楽しいひとときである。それは、何ものにも代えがたい平安のひとときなのである。

〔2008.3.17.  本稿完了〕

タバコ有害論に異議あり! (洋泉社新書y)

タバコ有害論に異議あり! (洋泉社新書)
価格:¥ 819(税込)
発売日:2006-12

香取春彦、上杉正幸 共著

2007/07/02

グミ老人の本棚 2

2005623_3 写真は皐月(さつき)

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『信長の棺(ひつぎ)』 加藤廣著   『1時間で読める夏目漱石』

                    ◇

 『信長の棺』 加藤 廣 著  日本経済新聞社 1,995円

          (1) 太田牛一

 『信長の棺(ひつぎ)』は最初テレビで見た。そのときは、さほどの感銘をうけなかった。本は書店で購入しておいたが、多忙にまぎれて半年以上も放置しておいた。それを、やっと読み始めて、途中でやめることが出来なくなり、ついには感想なのか研究なのか分らないものを書くことになった。物語は、淡々として、しかも詳細を極めた筆致で進む。それが何とも言えない魅力となって、読む者の心を惹きつける。

 物語の主人公は、『信長記(しんちょうき)』の著者の太田牛一(おおた・ぎゅういち)である。『信長記』は本書でも、そう書いてあるが、現代語訳の他書では『信長公記』となっている。いつから「公」の文字が加えられたのか知らないが、昭和初期の百科辞典では『信長記』となっている。(『新修百科辞典』三省堂、昭和9年)

 牛一はペンネームで、正式の名は信定である。彼の先祖は高位の僧であったそうだが、父の代には落ちぶれていたという。そのような父を見て、信定は武士になって出世しようと決心した。初めは信長の弓衆の一人であったが、やがて信長の陰(かげ)の側近として、情報の収集や指令の文書を書く裏方(うらかた)となり、友人知人からは「和泉守殿(いずみのかみ・どの)」と呼ばれた。信長は、彼を「又介(またすけ)」と呼んで、どんな秘密でも安心して話していたようだ。信定も、信長の過激な言動の裏に潜(ひそ)む優しさに心を惹かれていた。

 信長亡きあと、信定は、『信長記』を完成させたのちには、信長の遺骨の在りかを生涯をかけてでも探しだそうと、心に決めていた。しかし、天下を平定した豊臣秀吉の命によって、秀吉の出世記録を書かされたりして、なかなか思うような活動ができなかった。彼が本格的に活動し始めるのは、秀吉没後である。彼は職掌柄(しょくしょうがら)、明智光秀や高位の公家(くげ)たちや、大商人の動静にも通じ、また丹波者(忍者)を使う術(すべ)も心得ていた。「薬種問屋(やくしゅどんや)の隠居(いんきょ)」というのが、彼が他出(たしゅつ)したときの自称であったが、まるでテレビの水戸黄門の「縮緬(ちりめん)問屋の隠居」を思わせて、笑い出したくなる。しかし、「この紋所(もんどころ)が目に入らぬか」などとは言わない。できるだけ隠密に行動するのを常とした。

          (2) 丹波国(たんばのくに)

 『信長の棺』を読むにあたって、ぜひ知っておきたいことがある。それは丹波という地名である。丹波は、この小説の背骨のような存在で、これを知ることによって、ゾクゾクと身震いするような興奮をおぼえてくる。古い百科辞典で調べてみよう。

 丹波とは、地図帳を見ると「丹波高地」のことで、百科辞典では、現在の京都府の北部の大部分と西隣の兵庫県の一部をさす。「北は幾多(いくた)の断層によって階段状をなして若狭湾(わかさわん)に面し、東及(および)南は著(いちじる)しい断崖を以て近江盆地(おうみぼんち)・山城(やましろ)盆地及大阪平野に臨(のぞ)み、西は由良川・佐治川を以て中国山地に隣る。平均高度500米(メートル)位(くらい)。河流は一般に峡谷(きょうこく)を流れて河岸平野を作らない。」(『新修百科辞典』三省堂、昭和9年)

 遠い昔、藤原道長(ふじわらのみちなが)の兄、藤原道隆(みちたか)は、酒色(しゅしょく)に溺(おぼ)れて早死にし、弟の道長に関白(かんぱく)の位を奪われ、一族は丹波の地に追放されたという。一族は、いつか帰り咲く日を願って、子弟に学問と武芸を厳しく教え、特殊な技術を身につけて、一部は他の豊(ゆたか)な地に進出したという。それが丹波者という忍者を生んだ歴史である。

200549 写真は桜花

(3) 木下藤吉郎(きのした・とうきちろう)

 豊臣秀吉は幼名を日吉丸(ひよしまる)といったが、父親は丹波の出身で、平地の尾張国(おわりのくに)中村の地に溶け込んだ。姓は樹陰(このかげ)を称したが、のちに木下に改め、木下彌右衛門(やえもん)といった。秀吉は二代目である。信長が今川義元を桶狭間山(おけはざまやま)で討ち取って天下を驚かせたとき、陰で活躍したのは丹波者であった。秀吉は信長に仕えて軍功著(いちじる)しく、信長に「」と呼ばれて愛された。のちに羽柴筑前守(はしば・ちくぜんのかみ)を名乗り、信長亡きあと、朝廷につくして豊臣(とよとみ)の姓を賜り、関白に列せられた。丹波者の遠い祖先の復活を思わせる出世であった。

 一方、明智光秀(あけち・みつひで)は、美濃(みの)の人で、土岐(とき)氏の一族。頭脳明晰で公家たちとも親しかったので、信長に重用(ちょうよう)されたが、信長とは性格が合わなかったようで、しばしば激しく叱責(しっせき)されていた。信長の命により丹波を攻めたとき、「守るに易(やす)く、攻むるに難(かた)い」地形に悩まされ、一度は敗退したが、信長に叱責されて再度攻撃し、ようやく丹波の支配者となった。ところが、その地を取り上げられて、他の地を攻め取れとの信長の命令には、光秀は、かなり悩んだようである。しかし、朝廷の援助もあると信じて信長を本能寺に打ったのちは、秀吉の迅速(じんそく)な動きによって滅ぼされ、後世に「夕日将軍」とか「十三日公方(くぼう)」、あるいは「明智の三日天下」と言われた。

          (4) 安土城(あづち・じょう)

 信長が琵琶湖(びわこ)に面した山上に築城した安土城は、どう見ても敵の攻撃に耐え得る構造でははい。信長は、間もなく戦国時代は終ると考えていたようだ。更に、近年テレビでも紹介されている天主閣(てんしゅかく)は、驚くべき壮麗さで、戦いを無視した構造であることは、誰の目にも明らかである。

 信長はキリスト教の宣教師から西洋の文化を学んでいたが、特に太陽暦の優れた面に心を惹かれていたようである。当時、日本では、旧暦すなわち太陰太陽暦(たいいん・たいようれき)という、月の動きに合わせた暦が使われていた。暦の制定は朝廷の特権であったが、それにかかわる公家や学者たちは、研究も努力もせず、各地に内容の異なる暦が行なわれて、戦術上も不便極まりないものであった。信長は朝廷に暦の統一と太陽暦の採用を訴えたが、公家たちは信長の進言を無視し、天皇になろうと画策している悪者として信長を嫌っていた。遂に信長は、天皇を安土城に招き、天守閣から天皇と共に宇宙を眺めて、太陽暦の優れた点を説明しようと考えた。昔、蒙古襲来(もうこ・しゅうらい)のとき、神風が吹いて敵船を全滅させたという言い伝えなど、信長は信じていなかったと思われる。太陽暦を用いて天文観測する西洋に、旧来の暦を使っている日本など敵対することは不可能と考えていたに違いない。

 私は、この小説の著者が、『暦と占いの科学』(永田 久 著、新潮選書)や、『万有こよみ百科』(「歴史読本臨時増刊、昭和48年)などを参考に作品を書いているのを知って驚いた。私自身、上記の2書を所持していたからである。

 秀吉が中国地方で苦戦していて、度々信長の出馬を願い出ていたので、信長はやむを得ず援軍を率いて京を出発することにしたが、まず、少数の部下を率いて本能寺(ほんのうじ)に入った。著者は、信長のその行動を、中国地方へ向けて出発する前に、天皇に安土行幸(ぎょうこう)を願うためには、大軍を率いて圧力をかけるような行動は慎むべきと考えたからで、しかも本能寺には秘密の脱出口があったからだと言う。

200741 写真は木瓜(ぼけ)

(5) 阿弥陀寺(あみだじ)

 阿弥陀寺は現在、京都府上京区寺町通今出川上ル鶴山町にある。京都御所の北方にあたる。浄土宗、蓮台山(れんだいさん)阿弥陀寺、開山は清玉上人(せいぎょく・しょうにん)。清玉上人は信長の腹違いの弟と言われ、6歳で出家したという。阿弥陀寺は信長によって広大な敷地と多数の堂塔伽藍(どうとう・がらん)を与えられ、織田家の菩提寺となったが、本能寺の変後、秀吉によって場所を変えられ、敷地も狭くされた。信長自刃(じじん)後、清玉上人は、その遺骸(いがい)を阿弥陀寺の敷地に葬ったという。

 一方、明智光秀は、信長の遺骸を探索させたが、見つからなかった。秀吉も阿弥陀寺を何度も探索させたが、何も見つからなかった。ただ、古い観光案内書によると、信長・信忠の父子と、森蘭丸(もり・らんまる)ほか120余名の墓が、この寺にあると記されている。(『郷土資料事典・京都府』人文社、昭和56年改訂版)

 この小説は、安土城に「信長死す」の知らせが届き、多数の女たちが逃げ、留守居の武将たちも逃亡する中で、太田牛一が最後に、信長に命じられた秘密の品を隠すために城を後にする場面から始まる。彼は信長に与えられたコンフェイト(金平糖、こんぺいとう)を大切に所持していた。清玉上人が秀吉に信長の遺骨の在りかを教えなかったため、捕らえられて骨と皮ばかりになって耐えていたとき、上人の命を救ったのは、信長に与えられたコンフェイトの美しくも可愛い粒(つぶ)だったという。

 牛一は丹波の地で、信長の遺骨の埋葬地(まいそうち)を知る手がかりをつかみ、やがて阿弥陀寺の裏庭で、その位置を示す木瓜(ぼけ)と吉祥草(きちじょうそう)を探したが、木瓜だけが消えうせていた。東に植えられた木瓜は織田家の家紋(かもん)の織田木瓜(おだ・もっこう)を表わし、北に植えられた吉祥草は、滅多に咲かぬが、咲けば幸運をもたらすといわれていた。北と東から線を引き、直角に交わったところが遺骨を埋めた場所である。しかし、吉祥草だけでは、位置を定めることは出来ない。ここで、またもや、私は不思議な気持にさせられた。実は、我が家の家紋は「丸に木瓜」なのである。家紋では、木瓜(ぼけ)は「モッコウ」という。我が家の門を入ってすぐの庭の隅に、毎年木瓜の花が咲く。

 信長が本能寺で自刃したのは天正10(1582)年49歳の時であった。そのとき牛一は7歳年上の56歳。秀吉が死去したのは慶長3(1598)年で、63歳。信長の死の16年後で、牛一は72歳であった。それから信長の遺骨の所在解明に専念したのだから、何とも恐ろしい、老人の執念である。なお牛一の生年は、割合新しい百科辞典によれば、1527年、没年は不詳である。(『新世紀百科辞典 第二版』 学研、1983)

 小説の筋書きは、できるだけ書かないように心がけた。そのほうが、読む人のために良いと考えたからである。読み終えて、私は、著者の加藤廣氏は牛一の生まれ変わりではないかとさえ思った。加藤氏は経済の専門家であったが、この作品によって作家に転向した。謎だらけの人物、謎だらけの歴史、それを太田牛一という信長を敬愛する者の思索と行動によって小説に仕立て上げた著者の手腕(しゅわん)は、見事と言うほかない。

(2007.7.記)

信長の棺

信長の棺
価格:¥ 1,995(税込)
発売日:2005-05-25

加藤 廣 著

日本経済新聞社

現代語訳 信長公記〈上〉

現代語訳 信長公記〈上・下〉
価格:¥ 各2,940(税込)
発売日:2006-04

太田牛一 著、中川太古 訳。信長研究の一級資料。

新人物往来社

 1時間で読める夏目漱石 要約『吾輩は猫である』 講談社 800円

 「1時間で読める」という表紙の文字に引かれて、つい買ってしまったが、薄い本のわりに内容豊富で、とても1時間では読めなかった。私は4日もかかったのだ。もっとも「要約」だけなら、読みようによっては、1時間で読めるかもしれない。しかし、そんな読み方をしたら、面白さは半減どころか1割にも満たなくなる。

 各ページの構成が、先ず面白い。近頃の活字べったりの本とは全く違う。最初に書斎の漱石先生の写真が出て来る。しばらく睨(にら)めっこする。これで、だいぶ時間を使う。それから『吾輩は猫である』の「物語の流れ」と「読み方のポイント」が各1ページ。続いて「時代と舞台」が見開きで2ページ。このあたりは、さっと読んでしまう。

 次に「要約で読む吾輩は猫である』」のページが現れる。ページの上3分の2が『猫』の要約で、下3分の1は各種の資料や解説で、写真や絵が豊富に載っている。文字の大きな上段をゆっくり読みながら、文字の小さな下段の解説部分に目をこらす。時に1ページ全部を使った解説や資料もある。上を見たり下を見たり、何度も同じ事を繰り返したりして、時間のかかることなど忘れてしまう。漫画家の岡本一平の水彩画「漱石先生」を見ていると、大きな火鉢のそばで原稿を書いている漱石先生の傍(そば)に、主人公の猫も、とぼけた顔で座っていて、何度見ても見飽きない。下の欄には、当時の世相風俗や有名人なども出てくるから、『猫』を読んでいるのかどうか、我ながら不可解な気分になることがある。

20070722  やっと「要約」のページを通り抜けると、「名作の読み方」という、作家・丸谷才一氏の文が出てくる。これは結構むずかしい。ボンヤリ読んでいると、何が何だか分らなくなる。でも、最後の文に救われる。それは次のとおりである。

 「でもねえ、『猫』を読むのに大まじめになって読んじゃダメですよ。あれは気楽に読む大小説なんです。寝ころんで、拾い読みしたり飛ばし読みしたりしながら、名前のない猫とつきあって下さい。」

 救われた気分のあとは、「作家の歩み」があって、漱石先生が、いつどこで生まれて、どんな学校に通って、どこに就職して、どんな作品を書き続けて、いつ死んだかまでが分るようになっている。奥さんの写真も載っている。そして次に、『坊っちゃん』『草枕』『三四郎』『それから』の4作品の「登場人物とあらすじ」「読み方のポイント」が出てくる。これで終りかというと、そうではない。続けて「夏目漱石のゆかりの地」の案内があり、学校や住居や寺が、写真入りで紹介されている。

 最後は「読書案内」で、「原作を読む」と「漱石をもっと知る本」の2種が、見開き2ページに掲載されている。私は、初版本の復刻本を古本屋でさがしたり、『漱石の思い出』という、漱石先生の奥さんが語り、それを娘婿の松岡譲氏が筆録した本(文春文庫)を読んだだけだが、そのうち暇が出来たら、半藤一利著『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫)を読んでみたいと思っている。

 このシリーズは、ドストエフスキー『罪と罰』、芥川龍之介『羅生門』『河童』、太宰治『斜陽』、ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』など、次々と出版される予定で、なかなか興味深い企画である。

(2007.7.記)

漱石の思い出 (文春文庫)

漱石の思い出 (文春文庫)
価格:¥ 660(税込)
発売日:1994-07

夏目鏡子 述、松岡 譲 筆録(漱石の娘婿)

漱石先生ぞな、もし (文春文庫)

漱石先生ぞな、もし(文春文庫)
価格:¥ 500(税込)
発売日:1996-03

半藤 一利 著(漱石の孫娘婿)

新田次郎文学賞。続編あり(文春文庫、469円)

【2007.07. 記】

2006/06/01

グミ老人の本棚 1

Hakone_utsugi2006525 写真は箱根空木(ハコネ・ウツギ)、卯の花のウツギとは別種

          目    次

『マグダラのマリア』(岡田温司)   『江戸あるき帖』(杉浦日向子)

『病気にならない生き方』(新谷弘実)  『うらなり』(小林信彦)

『藤沢周平 父の周辺』(遠藤展子) 『菊次郎と さき』(ビートたけし)

                    ◇

『マグダラのマリア』  岡田温司著 中公新書  840円

Kodai_hasu 写真は古代蓮

 『新約聖書』には色々なマリアが現れる。マリアは『旧約聖書』ではミリアムと呼ばれ、モーセの姉である。ミリアムのギリシア語音訳がマリア。英語ではMaria(マライア、マリーア)で、Mary(メアリー)ともいう。本書のマリアは、イスラエル北部のガリラヤ湖西岸、マグダラの出身。

 マグダラのマリアは、聖母マリアと共に、西洋世界で最も名の知られた女性の一人である。彼女は娼婦と呼ばれ、またイエス・キリストによって悔悛(かいしゅん、悔いあらためる)したといわれ聖女と呼ばれた。

 西洋の絵画では、マグダラのマリアは多くの画家たちを惹きつけて、色々な絵に描かれている。本書のカバーの外側に巻いてある帯紙には「貞節にして淫ら、美しくかつ敬虔(けいけん、神に謹んで仕えること)」という文字がある。美術史、文化史の立場から考察したマグダラのマリアは、いったいどんな女性だろうか。

 いつもイエスのそばにいたマグダラのマリア、イエスが磔刑(たっけい)に処せられたときも、そばにいて、その後イエスが復活したときに最初の証人となり、イエスの復活を弟子たちに知らせたと言われるマグダラのマリア。イエス・キリストが「私を裏切れ」とユダに命じたとされる『ユダの福音書』(ナショナルジオグラフィック)にも大いに関心があるが、今はそれよりも、新約聖書から消し去られようとしたマグダラのマリアの一生に、最も興味を引かれる。

 しかし、実際に読んでみると、これは専門家の書いた専門書である。最初に美しいカラーのページが数枚あり、本文には白黒の図版が多数ついている。図版をたよりに文章を読むわけだが、これが大変な仕事となる。絶世の美女マグダラのマリアは、キリスト教によって、女性を惹きつけ信仰に向かわせる道具として利用された感がある。中ほどまで読んで、そのことが分ってきた。あとは、時代時代の画家たちが、注文者の意向に沿って、聖母マリアとは違った意味で、マグダラのマリアを美しく描いたといえるだろう。なお、一説に、彼女はイエス・キリストの妻であったとも言われている。

(2006.6.記)

マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女

マグダラのマリア―エロスとアガペーの聖女
価格:¥ 840(税込)
発売日:2005-01

岡田温司(あつし)著

中公新書

『江戸アルキ帖』  杉浦日向子著 新潮文庫    781円

 医院などに出かけて、「今日は待たされるな」と思うときは、いつも絵のたくさん載っている本、特に文庫本を持参する。そうすると、待ち時間が少しも気にならない。

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写真は紅白咲き分けの皐月(サツキ)

 本書も、そのつもりで買ったのだが、いざ読み始めてみると、医院の混雑の中で読むには程度が高すぎる。自宅で読む時間のほうが多かったようだ。始めから終りまで、見開きの右ページに文、左ページに著者自筆の江戸の絵がある。文は、日向子が江戸時代にタイム・スリップして、江戸娘となって、江戸中を歩きまわったり、小船に乗って川をさかのぼったりする。

 読むほうも、すっかり江戸人になったつもりでいると、突然話が「東京では」になったりするから、面食らってしまう。それに、絵をじいっと見つめていたりするから、なかなか読み終えない。今は亡き著者が、どこかでクスクス笑っているような気がしてならない。

(2006.7.記)

江戸アルキ帖
価格:¥ 820(税込)  新潮文庫
発売日:1989-04 杉浦日向子(ひなこ) 著

百日紅 (上)

百日紅 (上)
価格:¥ 714(税込) ちくま文庫
発売日:1996-12 杉浦日向子 著

百日紅(下)¥714円(ちくま文庫)もどうぞ。

漫画で描く江戸の風俗  

『病気にならない生き方』  新谷弘実著 サンマーク出版   1,680円

 著者は1935(昭和10)年、福岡県生まれ。米国アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授で、胃腸内視鏡検査とポリープ切除術の世界的権威。1998年刊行の『胃腸は語る』(弘文堂)は、今なお売れ続けているロング・ベストセラー。

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写真は茨城県波崎海水浴場

 本書の帯に推薦者の有名人が並んでいるが、その中で野球監督の野村克也氏の言葉が面白い。「読むとかなりショックを受けますが、おかげさまで十年くらい寿命は伸びそうです」という言葉が、グミ老人を自称する私の心を捉えて放さない。

 「健康な人の胃腸は美しく、不健康な人の胃腸は美しくない」と著者は言う。このような胃腸内の状態を「胃相」「腸相」と呼び、胃相・腸相に大きな影響を与えるのは、食歴と生活習慣だと言う。更に著者は「ミラクル・エンザイム」という言葉を作った。それは人間の生命活動を担っている5,000種以上のボディ・エンザイム(体内酵素)の原型となるもので、生命維持のために必要な活動の全てに関与している。我々は、このミラクル・エンザイムを浪費しない生活習慣を身につけなければならない。浪費すれば寿命が尽きる。

 この本には、食の常識や健康法の常識に反する内容が含まれている。再び著者の言葉を借りれば、「人間の体はすべてつながっています。たとえば、歯が一本虫歯になっただけでも、その影響は体全体におよびます」「現代社会は、その大切なミラクル・エンザイムを消費する要因に満ち満ちています」

 実際に、この本を手にしていただけば納得いくことだが、目次からいくつかの例を拾い出して、列挙してみよう。――肉を食べてもスタミナはつかない。胃薬を飲めば飲むほど胃は悪くなる。牛乳を飲みすぎると骨粗しょう症になる。マーガリンほど体に悪い油はない。植物性85%、動物性15%が理想の食事。白米は死んだ食べ物である。病気の大半は遺伝よりも習慣に原因がある。やせたい人は「よい水」をたくさんとろう。こまめに5分の仮眠をとる。運動の「しすぎ」は百害あって一利なし。チャップリンが73歳で子供をつくれたワケ。人間が生きていけるのは微生物のおかげ。人間の体と土地は切っても切れない関係。「愛」は免疫力を活性化させる。

 医学の専門書なら難しかろうと思いながら読んでみたら、すらすらと読める文章で、しかも分りやすい。予想が完全に外れたが、時々ゾクッと寒気がすることがあり、この点だけは予想どおりだった。いい加減な常識だけで生きている人には怖い本だ。

 最後に、三度(みたび)著者の言葉を引用しよう。「たまに同級生などに会うと、この七十年間をそれぞれがどのように生きてきたかがとてもよくわかります。すっかり老け込んで、見るからに「ジイサン」になってしまったヤツもいれば、若々しいヤツもいます。・・・・・体はけっしてウソをつきません。その人がどんな人生を歩んできたかは、すべて体に表れているのです」

(2006.8.記)

 本書が書店に並ぶようになってから、しばらくして、色々反対意見が出始めた。医学というのは、何かと面倒なものである。しかし、本書は今でも書店に並んでいる。どこが変で、どこが正しいのか、医学音痴の私には分らない。(2008.3.追記)

病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2005-07-08

新谷(しんや)弘実 著

サンマーク出版

病気にならない生き方 2 実践編 (2)

病気にならない生き方 2 実践編
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2007-01

新谷弘実 著  サンマーク出版

『うらなり』 小林信彦 著  文藝春秋  1,200円

 本書を書くにあたって、著者は準備のために、夏目漱石の『坊っちゃん』を20回も読んだという。私の手元に今『坊っちゃん』が置いてある。生きていれば100歳になる父が、若い頃に買った本で、大正3年(1914)初版の新潮社発行の文庫版「代表的名作選集」である。文庫といっても今のそれとは違う。表紙が厚く、布張りで、裏表紙には薄い絹が貼ってある。父が買ったのは大正15年4月、第1回読了5月と書いてあるから、私の生れる数年前である。この際、ぼろぼろになっていた表紙を修理した。私は、この本を手にして愛(め)でることはあっても、2~3回しか読んでいない。

Tamasudare200698_2 写真はタマスダレ

 『坊っちゃん』の中に、「うらなり」というあだ名をつけられた、何とも気の弱そうな青白い顔の英語教師が登場する。登場というほど出てくるわけではないが、一応話の筋書き上の重要人物で、この人物が過去を回想する形で、『うらなり』の物語は進行する。

 物語は、うらなり先生が昔の同僚の「山嵐(やまあらし)」と何十年ぶりかで会うあたりから始まる。坊っちゃんから「うらなり」と呼ばれた英語教師は、古い家柄の跡取り息子であったが、彼の時代に家が没落し、故郷の松山を離れて、瀬戸内海の対岸の姫路に住み、今は土地の名士の端くれぐらいにはなっている。なお、坊っちゃんは漱石自身のことだといわれるが、作品の中では数学教師である。

 私も、しがない英語教師として人生を送ってきたから、『うらなり』を読み始めるとすぐに、なにやら懐かしさがこみ上げてきて、人事(ひとごと)とは思えなかった。判事をやめて山の中で暮らしている初老の紳士と、うらなり先生の勤めている学校の校長が、列車の中で意気投合し、ついに、「うらなり先生」は校長のすすめで、その紳士の長女で「飛び抜けた美人」と結婚したが、今は子供も立派に育って、孫もいる。何度見合いをしても結婚する気になれなかった「うらなり」にしては、上出来である。しかし妻は、近年、突然重いインフルエンザにかかって死んでしまったから、今は、うらなり先生は独身である。

 「江戸っ子は五月(さつき)の鯉の吹流し」という言葉が『故事ことわざ辞典』(東京堂出版、1977)に載っている。その心は「口ばかりにて腸(はらわた)は無し」というものだが、「坊っちゃん」は、まさに江戸っ子のベランメエで、思慮分別に欠けるところがあり、それだからこそポンポンと話が進んで気持ちがいい。「うらなり」は遠慮深くて大人(おとな)しく、坊っちゃんから「君子(くんし)」と評される人物。『うらなり』の著者は、このへんの違いを見事に書き分けている。これは傑作と言っても言い過ぎではないだろう。とにかく、楽しく読ませていただいた。

 この小説は漱石の『坊っちゃん』が土台になっているから、読むなら『坊っちゃん』をまず読んでからにしたほうがよいだろう。淡々と自分の過去を語る「うらなり」こと古賀先生と、旧友の「山嵐」こと堀田氏との会話が面白い。人間は、いくつになっても変らぬものだと思わせる。それに加えて、「うらなり」が幼い頃「許嫁(いいなずけ)」と自他共に許した旅館の娘で、坊っちゃんから「マドンナ」と呼ばれた女は、言い寄る教頭の「赤シャツ」を捨てて、大阪の金持ちの商人と結婚したが、今や夫の経営する会社は倒産寸前で、美しい手も荒れてガサガサになっている。うらなり先生が因縁の彼女と出会うシーンは、因果応報を思わせるが、彼は例の如く、彼女に丁重に接している。なお、この小説の時代設定は、戦前、昭和の初期、私すなわちグミ老人が生れた頃である。

(2006.9.記)

うらなり

うらなり
価格:¥ 1,200(税込)
発売日:2006-06

小林信彦 著  文藝春秋

坊っちゃん

坊っちゃん
価格:¥ 378(税込)
発売日:1989-05

夏目漱石  岩波文庫

※「ぼっちゃん」は今は「坊ちゃん」と書くが、漱石は「坊っちゃん」と書いた。「坊つちゃん」ではない。「っ」を小さくつける。

故事ことわざの辞典

故事ことわざの辞典
価格:¥ 5,250(税込)
発売日:1985-11

小学館

14,500項目 古代から江戸時代まで、内容精密。

『藤沢周平 父の周辺』 遠藤展子(のぶこ)著  文藝春秋 1,400円

 著者は藤沢周平の娘である。結婚して姓が変った。藤沢周平はペンネームで、本名は小菅留治(こすげ・とめじ)という。その娘が「正直なところ、実はよく分らないのです」と言っている。父親とは、そんなものである。しかし、よく調べたものだと感心する。しかも、その文章が簡潔にして内容豊富、潤いがあって分りやすい。さすがは親の子だ。

200715 写真は八重の椿

 藤沢周平は現在の山形県鶴岡市で生まれた。実家が貧しかった上に、肺結核にかかり病院生活を余儀なくされ、手術で全快し退院したものの、後に肝炎で苦しんだ。手術のときの輸血が原因であろう。しかし、貧乏も肝炎も、作家として大成するには不可欠な要素であったようだ。

 父周平は、いつも「普通が一番」と言っていたそうだ。心に沁(し)みる言葉である。その彼は、娘によれば「外面(そとづら)のいい人」で、外に出ると誰にでも腰を低くし優しく話しかけていたが、家の中では「ああ」とか「おう」とか、アイウエオしか使わない人だった。

 娘を産んで間もなく、あの世へ旅立った最初の妻、悦子のかわりに、周平は再婚した。再婚した妻、和子が、あとに残された娘の養母となった。彼女が周平の秘書役をつとめ、出版社の編集部員を一手に引き受けていた。その上、庭造りが大好きで、花や木を植え育てるのが得意だったから、父と娘は眺めて楽しんでいるだけだった。あるとき娘が義母に「お母さんの趣味は何?」とたずねると、母は即座に「お父さん」と答えたという。父に「どうして、お母さんと再婚を決意したの」と聞くと、父は、見合いのときに、この人と結婚しなかったら一生結婚できないと思ったから、と言ったそうだ。貧しい見合いだったが、最高の出会いであったのだ。家柄や財産じゃない。このことを読んで、私は、藤沢周平の作品よりも、周平本人が好きでたまらなくなった。

 『父の周辺』の内容は、娘の生母が若死にしたこと、父の病院生活、たぶん病院でおぼえたギターの名手、趣味、父の再婚、娘の幼児から反抗期まで、実家のある山形県鶴岡市、娘の結婚と出産、祖母のこと、父の作家生活、父の内面(うちづら)と外面(そとづら)、父の死、その後の不思議な出来事など、最後まで飽きさせず、しかも項目の数が多いから、まるで我がことのように思える場面に、しばしば出会う。

 藤沢周平は東京に住んだ。墓地は八王子にある。若くして逝った最初の妻のことは生涯気にかけていて、東京の墓地から鶴岡市の墓地へ埋葬しなおして、やっとホッとしたようだったという。

 なお、藤沢周平は昭和2年に生まれ、山形師範学校に入学、中学校教師となったが、肺結核のため地元の医院に入院。その後上京して手術を受け、東京に住むようになり、会社勤めをしながら時代小説を執筆、やがて会社を退職して創作に専念し、直木賞を受賞した。直木賞選考委員などをつとめたが、慢性肝炎を発症。しかし創作活動は衰えず、紫綬褒章、その他多くの賞を受けた。

 平成9年1月肝臓・腎臓機能低下で、国立国際医療センターにて死去。鶴岡市の菩提寺から贈られた戒名は「藤澤院周徳留信居士」、八王子霊園に眠る。教師の期間は短かったが、その人柄ゆえに、昔の教え子から遺族に贈り物が絶えないという。

  思い出すたび こころ憎しや 蝉しぐれ   グミ老人

 昨年購入の本書の著者紹介欄に、鶴岡市に「藤沢周平記念館」(仮称)が建設予定で、周平の娘、展子が開設準備等に携わっている、とある。展子は、「これと言った取り柄もない私に、仕事まで残してくれた父」 と書いている。そして、「父が作家でなくても、作家でも、きっと同じように、この父で良かった」 とも書いている。

(2007.2.記)

藤沢周平 父の周辺

藤沢周平 父の周辺
価格:¥ 1,400(税込)
発売日:2006-09

遠藤展子 著、文藝春秋

「大好きな父」のことを、娘が書いた。

藤沢周平のすべて

藤沢周平のすべて
価格:¥ 700(税込)
発売日:2001-02

文藝春秋 編集、文春文庫

藤沢周平の生涯と作品、未公開写真など

ふつうがえらい

ふつうがえらい
価格:¥ 500(税込)
発売日:1995-03

佐野洋子 著   新潮文庫

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写真は苧環(オダマキ)

『菊次郎と さき』 ビートたけし 著  新潮文庫  340円

 読み終わって、すこし横になっていて、ふと気がつくと、何やらガタピシと、家の中がうるさい。著者、北野武(たけし)の少年時代の家を、夢幻(ゆめ・まぼろし)のごとく見ていたのだった。この本は、面白いだけじゃない、強烈な印象を与えてくれたのだ。

 武に与えたオフクロ(母)の影響は強烈だった。彼はオフクロが没する間際まで、何度もオフクロに勝とうと挑戦し、ついに最後まで、オフクロが95歳で死ぬまで、勝てなかった。しかし、大学教授になった兄・大(まさる)によれば、「怒るときもすさまじかったですが、優しさも、それと同じくらい大きかった。そしてこの母親の、面倒見のよさを一番に引き継いだのも、やっぱり武でした」となるのである。

 武は父親のことを書いている場面で、「オヤジの血を引いていることがはっきりわかる時があり、嫌になる」と、オフクロに言われていた。酒を飲まないと何も言えないオヤジを家族はバカにしていたようで、武は、「オヤジの駄目な性質を一手に引き受けてしまったのかも知れない」と言いながら、一方では、几帳面で腕のいいペンキ塗り職人のオヤジを尊敬していたようだ。金もないのに新しいもの好きのオヤジ、近所に先駆けて電話を引きテレビを買ったオヤジ、その「怪物」的なオヤジの性質も、武は、たっぷり受け継いでいるにちがいないのだ。

 オフクロは若いとき、師範学校卒業後、某男爵家につとめていた。それから、海軍中尉の北野氏と婚約したが、結婚式前に北野氏が死去した。オフクロは北野の姓を名乗って、婿養子をとる形で菊次郎と結婚した。子供は重一(しげかず)、安子、大(まさる)、武。それに菊次郎の母で、娘義太夫の師匠の「うし」が同居していた。オフクロは自分が高級な人間だと思っていたらしい。近所の世話をやいて「博士」と呼ばれていた。重一は優秀な子で、いろんな大学で研究して、特許も持っていて、一家を支える存在だった。菊次郎の出自は、さる殿様の双子の一人で、世間体をはばかって捨てられたのだというが、真相は不明。オフクロには、北野中尉との間に勝(まさる)という子がいたが、早く死んだという。とにかく、北野武は東京都足立区の小さな木造の家で、昭和22年(1947)1月に生まれた。隣近所は、皆同様の家々で、威勢がよくても、いざとなると真っ先に逃げ出すような人たちが仲良く暮らす町、すなわち東京の典型的な下町だった。

 江戸っ子は 五月(さつき)の鯉(こい)の吹流し / 口ばかりにて 腸(はらわた)は無し     〔『故事ことわざ辞典』東京堂出版〕

 前々項の『うらなり』でも取り上げた、江戸っ子を皮肉った歌を、また載せてしまったが、この作品にも、子供の武があきれ果てた「ダラシナイ大人たち」の様子が描写されているので、ついダブるのを承知で載せてしまった。まあ、勘弁して下さい。

 オフクロが死んだときは、武も有名人の仲間入りをしていたから、タレントやら何やらがおおぜい押しかけて、大変だったという。小渕総理から花が届いたのにはビックリしたらしい。お通夜の日、東京は激しい雷雨があった。兄の大が、「オフクロだ。きっと、オフクロが怒ってるんだ」とオロオロしていて、長男の重一に怒られていた。大学教授でも科学者でも、ただの間抜けでも、人一倍世話をかけたオフクロが死ぬと、こうなるらしい。武も泣いた。それをマスコミが写真にしようと、付きまとっていた。イギリスの皇太子妃ダイアナがパパラッチに追いかけられたのと同じだね。

 オヤジの墓は、葛飾区の蓮昌寺にある。オフクロは、「オヤジに殴られて、ちゃぶ台をひっくり返され、泣いてばかりいた」が、子供を5人も生んでいる。武が言うには、これは「北野家の謎」だそうだ。謎でも何でも、今頃オフクロは、オヤジと仲良く、子供たちを見守っているに違いない。オフクロが18歳のときの写真を上の兄貴に見せられて、武は「本当においらと似ている」と思ったそうだ。

 北野武には、『たけしくん、ハイ』のほか、毒舌たっぷりの作品がいくつもある。いろいろある中で、私は『たけしくん、ハイ』が一番好きだ。ところどころに、1ページの挿絵が入っているのが楽しい。内容は、彼の少年時代の話で、当然、主役はオフクロということになる。「それにさ、そうすっとさ、そういうところにはさぁ」と、江戸っ子言葉の「さ」が頻繁に出てくる。わが田舎町にも「さ」をやたらにつけて喋る人がいるが、これが田舎弁の「さ」だから、江戸っ子の「さ」とは大きな差があって、気持ち悪い。さて、これ以上は言わない。とにかく、買って読んでみな。文庫本で、薄い本で、値段も安いんだから。「いずれ図書館で借りて」なんて、ケチなこと言わないで。

(2007.3.記)

菊次郎とさき

菊次郎とさき
価格:¥ 340(税込)
発売日:2001-11

ビートたけし(北野武) 著  新潮文庫

もっと大きな本で、1,050円のもあります。

たけしくん、ハイ!
価格:¥ 580(税込)
発売日:1995-04   ビートたけし 著   新潮文庫 

【2007.03. 稿了】

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